古神道入門

古神道入門

役小角(役行者)とは?修験道の開祖の記録と伝説をたどる

修験道の開祖とされる役小角(役行者)。国の歴史書『続日本紀』に残る「伊豆に流された呪術者」の記録と、鬼神を使い、一言主神を縛り、空を飛んで富士山に通ったという数々の伝説。実在の人物がどのように「伝説の行者」になっていったのかを、ゆかりの地とあわせて紹介します。
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八方除と方位の信仰とは?鬼門・裏鬼門・方違え・恵方をやさしく解説

「鬼門」「裏鬼門」「方違え」「恵方」。今も暮らしの中に残る方角の信仰は、どこから来たのでしょうか。京都御所の角が欠けている「猿ヶ辻」、江戸城の鬼門を守った寛永寺、光源氏が方違えで出かけた先での出会い、そして「全国唯一の八方除の守護神」寒川神社まで、方位をめぐる不思議な信仰を紹介します。
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追儺(鬼やらい)と節分とは?黄金四つ目の方相氏から「鬼は外、福は内」の豆まきまで

節分の豆まきのルーツは、宮中で大晦日に行われた「追儺(ついな)」という儀式でした。黄金の四つの目を持つ仮面をつけた「方相氏(ほうそうし)」が、目に見えない疫鬼を追い払う。ところが平安時代の終わりごろ、その方相氏のほうが鬼として追われるようになります。慶雲3年(706年)の記録から、室町時代の「鬼は外、福は内」、寒川神社の浄闇の追儺祭まで、鬼やらいの歴史をたどります。
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神仏習合と神仏分離とは?「権現」「大菩薩」の時代から明治の大転換まで、神社とお寺の千年

明治になるまで、日本の多くの神社とお寺は一つにまじり合っていました。神様は「権現」「大菩薩」と呼ばれ、神社のおつとめを僧侶がしていることも珍しくありませんでした。それが明治の神仏分離で、大きく変わります。三峯神社の仁王門が隨神門になった話、寳登山神社の住職が神職になって社殿を建て直した話など、身近な神社に残る神仏習合のあとをたどります。
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富士塚とは?江戸の人々が町に作った「小さな富士山」の歴史と見どころ

神社の境内で見かける、溶岩でおおわれた小さな山「富士塚」。江戸の人々は、なぜ町の中に富士山を作ったのでしょうか。富士講の始まり、最初の富士塚と現存最古の富士塚の違い、国の重要有形民俗文化財になっている富士塚、山開きの行事まで、富士塚の歴史と見どころを紹介します。
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庚申信仰とは?「眠らない夜」と庚申塔・三猿のひみつ

道ばたや神社の境内で見かける、猿が彫られた古い石塔「庚申塔」。60日に一度の庚申の夜、人々はなぜ眠らずに過ごしたのでしょうか。体の中の三尸の虫、青面金剛と猿田彦、見ざる言わざる聞かざるの三猿、日本最古の庚申塔、柴又帝釈天の縁日まで、庚申信仰のひみつを紹介します。