
この記事で分かること
事代主神(ことしろぬしのかみ)は、大国主命の子で、国譲りの場面で「この国を天つ神の御子に献上しましょう」と答えた神様です。
名前に込められた「言葉」の意味、船を踏み傾けて隠れた不思議な最期、えびす様として親しまれるようになった理由、そして東京・南千住の素盞雄神社で「飛鳥大神」と呼ばれている理由まで、史料と伝承に分けてお話しします。
事代主神を一言でいうと
出雲の大国主命の子で、国譲りのときに、父に代わって「国を譲る」と答えた神様です。
名前の「事代(ことしろ)」は、神様の言葉を代わりに伝えることを表すと考えられていて、「託宣(たくせん)の神様」とされています。
そして今は、釣り竿と鯛を持った「えびす様」として、商売繁盛の神様としても親しまれています。
国の運命を決める言葉を告げた神様が、今では笑顔で鯛を抱えている。
そのギャップも、この神様の魅力なんですよね。
名前の意味を見てみよう
「ことしろぬし」は、次のように分けて考えられています(國學院大學 神名データベース)。
- こと(事・言):古事記・日本書紀では「事」と「言」の両方の字が使われていて、「言葉」と「出来事」の両方を表すと考えられています
- しろ(代):意味には説が分かれていて、「代わりに務めるもの」「しるし」「領域」などの読み方があります
- ぬし(主):主(あるじ)
「神様の言葉を、代わりに人に伝える主」。
つまり、神様のお告げ(託宣)をつかさどる神様、というのが有力な考え方です。
古事記では「八重言代主神(やえことしろぬしのかみ)」とも書かれています。
「八重」は「幾重にも重なる」ことを表す、ほめ言葉です。
言葉の神様なのに、国譲りの場面で残されたセリフは、ほんのひとことだけ。
僕は話が長くなりがちなので、この「ひとことで決める」潔さには、見習いたいところがたくさんあります。
事代主神のプロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 読み | ことしろぬしのかみ |
| 表記 | 事代主神・八重言代主神・八重事代主神(古事記)/事代主神(日本書紀) |
| 呼ばれ方 | えびす様(美保神社など)、飛鳥大神(素盞雄神社など)、積羽八重事代主神(三嶋大社・鴨都波神社など) |
| 親 | 大国主命(父)、神屋楯比売命(かむやたてひめのみこと、母) |
| きょうだい | 建御名方神(たけみなかたのかみ)ほか |
| 子(日本書紀) | 媛蹈鞴五十鈴媛命(ひめたたらいすずひめのみこと)。神武天皇の皇后 |
| 分類 | 国つ神(くにつかみ)、宮中八神の一柱 |
どの文献に出てくる?
古事記【史料】
国譲りの答え
天照大御神と高木神の使いとして、建御雷神(たけみかづちのかみ)が出雲の伊那佐(いなさ)の浜に降り、大国主命に国を譲るよう迫ります。
大国主命は、こう答えました。
僕者不得白、我子八重言代主神是可白。然、爲鳥遊取魚而往御大之前、未還來。
(『古事記』上巻・大国主神の国譲り)
読みやすくしてみると、「私はお答えできません。私の子の八重言代主神がお答えするでしょう。けれども、鳥を狩ったり魚を取ったりしに御大之前(みほのさき)へ出かけていて、まだ戻っておりません」。
「御大之前」は、今の島根県松江市の美保関(みほのせき)にあたるとされます。
使いの天鳥船神(あめのとりふねのかみ)が呼び戻すと、事代主神は父にこう告げました。
恐之。此國者、立奉天神之御子。
「おそれ多いことです。この国は、天つ神の御子に献上いたしましょう」。
船を踏み傾け、青柴垣に隠れる
そう言うと、事代主神は不思議な行動をとります。
卽蹈傾其船而、天逆手矣、於青柴垣打成而隱也。
「そして、乗ってきた船を踏み傾け、天の逆手(あまのさかて)を打って、船を青柴垣(あおふしがき)に変えて、その中に隠れた」。
「天の逆手」がどんな手の打ち方なのかは、よく分かっていません。
ふつうとは逆の打ち方で、呪いやまじないの意味があったのではないか、とも言われます。
「青柴垣」は、青い柴(小さな木の枝)で作った垣根のことで、神様をお祀りするときの神聖な囲いを思わせます。
国を譲ることを告げたあと、自ら神聖な垣の中に隠れていった。
この場面は、事代主神が海の中へ身を隠した、つまりこの世から去った、と読む見方もあります。
古事記での登場はここまで
古事記での事代主神の出番は、大国主命の系譜と、この国譲りの場面だけです。
その短い登場で、国の行く末を決める、とても大切な役割を果たしているんです。
日本書紀【史料】
国譲りの場面
日本書紀の第九段でも、事代主神は三穂之碕(みほのさき)で釣りをしていて(または鳥を射て遊んでいて)、使いの神に答えて国を譲り、海の中に八重の青柴垣を作って、船の舷(ふなばた)を踏んで去っていきます。
神武天皇の皇后の父
日本書紀の第八段の一書第六には、古事記にない話があります。
事代主神が大きな熊鰐(くまわに)に姿を変えて、三嶋溝樴姫(みしまのみぞくいひめ)のもとに通い、生まれた姫が媛蹈鞴五十鈴媛命でした。
この姫が、のちに初代の神武天皇の皇后になった、と書かれています。
国を譲った神様の娘が、天つ神の子孫である神武天皇の皇后になる。
事代主神は、出雲と天皇家をつなぐ神様としても描かれているんです。
壬申の乱での神がかり
日本書紀の天武天皇元年(672年)、壬申の乱の記事には、とても不思議な場面があります。
大海人皇子(のちの天武天皇)の軍が集まっていたとき、高市県主許梅(たけちのあがたぬしこめ)という人が突然口がきけなくなり、三日後に神がかりになって、こう告げました。
「私は高市社(たけちのやしろ)にいる事代主神である。また、身狭社(むさのやしろ)にいる生霊神(いくたまのかみ)である」。
そして、神武天皇の陵に馬と武器を奉るように告げ、西から敵の軍勢が来ることを知らせた、と記されています。
事代主神は、神話の中だけでなく、実際の歴史の大事な場面でも「言葉を告げる神様」として登場しているんです。
その他の文献【史料】
延喜式(えんぎしき):宮中八神
平安時代の『延喜式』によると、朝廷の神祇官でお祀りされていた八柱の神様(宮中八神)の中に、事代主神が入っています。
高御産巣日神・神産巣日神などの「むすひ」の神様と並んで、天皇を守る神様とされていたんです(造化三神の記事でも紹介しています)。
出雲国造神賀詞(いずものくにのみやつこのかんよごと)
出雲国造が天皇の前で唱えた祝詞『出雲国造神賀詞』には、大穴持命(大国主命)が、自分の和魂を大御和(三輪山)に、子の阿遅須伎高孫根命を葛木の鴨に、そして「事代主命の御魂を宇奈提(うなて)に」置いて、皇孫の近くを守る神にした、と書かれています。
事代主神は、大和の地で天皇を守る神様としても位置づけられていたんです。
出雲国風土記
意外なことに、出雲国風土記には事代主神の名前が出てきません。
このことから、事代主神はもともと出雲の神様ではなく、大和の葛城地方で鴨氏がお祀りしていた神様だったのではないか、という説があります(國學院大學 神名データベース)。
古史古伝での扱い
古史古伝での事代主神の扱いについては、内容を確かめられる資料が見つからなかったため、この記事では紹介を控えます。
御神徳(ご利益)
- 商売繁盛・漁業・航海安全:美保の岬で釣りをしていたことから、えびす様として、商売繁盛や豊漁、海の安全の神様とされています。
- 託宣・言葉・判断:神様の言葉を伝える神様として、大切な判断をするときや、言葉に関わる仕事の人が参拝することもあります。
- 五穀豊穣:飛鳥坐神社などでは、豊作や子孫繁栄を願うお祭りが行われています。
- 国家安泰:宮中八神の一柱として、国を守る神様とされてきました。
祀る主な神社
美保神社(島根県松江市美保関町)
古事記の「御大之前」にあたる美保関にある神社で、三穂津姫命(みほつひめのみこと)と事代主神をお祀りしています。
事代主神を「えびす様」としてお祀りする、全国のえびす社の総本宮とされています。
毎年4月7日には、事代主神が国譲りを決めて青柴垣に隠れた話にちなむ「青柴垣神事(あおふしがきしんじ)」が、12月3日には、大国主命の使いが二隻の船で事代主神を迎えに来た場面を再現する「諸手船神事(もろたぶねしんじ)」が行われます。
神話の場面が、今もお祭りの中で繰り返されているんです。
三嶋大社(静岡県三島市)
伊豆国の一宮で、大山祇命(おおやまつみのみこと)と積羽八重事代主神(つみはやえことしろぬしのかみ)をお祀りしています。
二柱をあわせて「三嶋大明神」と呼び、事代主神は恵比寿様として、商工業や漁業の人々に信仰されています。
鴨都波神社(奈良県御所市)
葛城地方の鴨氏ゆかりの神社で、積羽八重事代主命と下照姫命(したてるひめのみこと)をお祀りしています。
『延喜式』には「鴨都波八重事代主命神社」として名神大社に名前が載る古社です。
事代主神が、もとは葛城の鴨氏の神様だったとする説と深く関わる神社です。
飛鳥坐神社(奈良県高市郡明日香村)
事代主神のほか、高皇産霊神、飛鳥神奈備三日女神(あすかのかんなびみひめのかみ)、大物主神をお祀りする神社です。
『延喜式』には「飛鳥坐神社四座」として、四座すべてが名神大社とされています。
毎年2月の第1日曜日に行われる「おんだ祭」は、天狗とおたふくが登場して、豊作と子孫繁栄を願う、にぎやかなお祭りとして知られています。
今宮戎神社(大阪府大阪市浪速区)
天照大御神や事代主命などをお祀りする神社で、「えべっさん」と親しまれています。
毎年1月9日から11日の「十日戎(とおかえびす)」には、商売繁盛を願う人々で大変なにぎわいになります。
素盞雄神社(東京都荒川区南千住)
須佐之男命にあたる素盞雄大神とともに、事代主神にあたる「飛鳥大神」をお祀りしています。
くわしくは素盞雄神社の記事で紹介しています。
事代主神をお祀りする神社は全国にたくさんあり、どこが「いちばん古い」かを決めることはできません。
ここでは順位はつけないでおきますね。
古神道的な読み解き
記紀での立ち位置
事代主神は、大国主命の子で、地上の「国つ神」を代表して国譲りに答えた神様です。
父の大国主命が「私はお答えできない。子が答える」と言ったことから、事代主神の言葉が、国つ神全体の答えになりました。
一言で国の行く末を決め、自ら神聖な垣の中に隠れていく。
その姿は、「言葉の重み」をそのまま表しているように見えます。
研究者の見方
託宣の神様
事代主神は、神様の言葉を人に伝える「託宣の神様」とみるのが有力です。
壬申の乱で高市県主許梅に神がかりしたという日本書紀の記事や、国譲りで「神の言葉」を告げる役割は、この性格をよく表しています。
天武天皇の時代に大切になった神様?
壬申の乱で天武天皇側を助ける言葉を告げたことから、事代主神は天武天皇の時代に特に重んじられ、宮中八神にも加えられたのではないか、という説があります(國學院大學 神名データベース)。
一言主神との関係
素盞雄神社の公式サイトでは、飛鳥大神(事代主神)の別名を「一言主神(ひとことぬしのかみ)」としています。
一言主神は、古事記の雄略天皇の段に登場する、奈良県の葛城山の神様です。
雄略天皇が葛城山で出会った神様は、「悪いことも一言、善いことも一言で言い放つ神、葛城の一言主大神である」と名乗りました。
吾者、雖惡事而一言、雖善事而一言、言離之神、葛城之一言主大神者也。
(『古事記』下巻・雄略天皇)
事代主神と一言主神は、古事記・日本書紀では別々の神様として描かれています。
ただ、どちらも葛城の地に関わり、どちらも「言葉」で物事を決める神様であることから、同じ神様とみる考え方も生まれました。
くわしくは一言主神の記事で紹介しています。
「飛鳥大神」と呼ばれるわけ
素盞雄神社では、事代主神を「飛鳥大神(あすかおおかみ)」としてお祀りしています。
東京都神社庁の紹介によると、創建のときには二柱の神様を「牛頭天王・飛鳥権現」と称したといいます。
なぜ事代主神が「飛鳥」の神様と呼ばれるのか。
手がかりになるのが、奈良県明日香村の飛鳥坐神社です。
先ほどの『出雲国造神賀詞』では、大国主命は「事代主命の御魂を宇奈提に」、そして「賀夜奈流美命(かやなるみのみこと)の御魂を飛鳥の神奈備に」置いた、と書かれています。
つまり、平安時代の祝詞では、飛鳥の神様は賀夜奈流美命で、事代主神ではありませんでした。
ところが今の飛鳥坐神社では、八重事代主神と、飛鳥神奈備三日女神(賀夜奈流美命にあたるとされる神様)が一緒にお祀りされています。
いつのころからか、飛鳥の神様の中心が事代主神と考えられるようになり、「飛鳥の大神=事代主神」という結びつきが生まれていったと考えられます。
ただ、南千住の素盞雄神社の飛鳥大神が、どのような経緯で事代主神とされるようになったのかは、今回調べた範囲でははっきりしませんでした。
「飛鳥権現」という呼び名や、開祖の黒珍が修験道の行者(役小角の高弟)だったことなど、まだ調べてみたい手がかりがたくさん残っています。
まこも考察
ここからはまこもの考察です。
事代主神の物語で、僕がいちばん心を動かされるのは、国譲りの「ひとこと」です。
「恐之。此國者、立奉天神之御子(おそれ多いことです。この国は天つ神の御子に献上いたしましょう)」。
父が作り上げた国を、自分の言葉で手放す。
その決断を、事代主神は長々と説明したり、言い訳をしたりせず、たったひとことで告げました。
そして、船を踏み傾けて、静かに青柴垣の中へ隠れていった。
言葉の神様だからこそ、多くを語らない。
本当に大切な言葉は、短く、まっすぐで、そして一度口にしたら取り消さない。
古神道でいう「言霊(ことだま)」の重みを、事代主神は、その生き方そのもので示しているように思います。
そんな神様が、今は鯛を抱えたえびす様として、いつもにこにこ笑っている。
大きな決断をして、すべてを手放したあとに残ったのが、あの笑顔なのだとしたら。
えびす様の笑顔が、少し違って見えてきませんか。
他の神様とのつながり
- 大国主命:父。国譲りで「子が答える」と事代主神に託した神様
- 須佐之男命:大国主命の祖先。素盞雄神社で事代主神と一緒にお祀りされている
- 建御名方神(たけみなかたのかみ):兄弟。国譲りに反対して建御雷神と力比べをした神様
- 建御雷神(たけみかづちのかみ):国譲りを迫った天つ神の使い
- 天照大御神:国譲りを求めた高天原の神様
- 一言主神(ひとことぬしのかみ):葛城山の神様。事代主神と同じ神様とされることもある
- 媛蹈鞴五十鈴媛命(ひめたたらいすずひめのみこと):日本書紀で事代主神の娘とされる、神武天皇の皇后
伝承・関連する話
【伝承】えびす様になった事代主神
えびす様には、大きく二つの系統があるといわれます。
- 事代主神をえびす様とする系統:美保神社(島根)、今宮戎神社(大阪)、三嶋大社(静岡)など
- 蛭子(ひるこ)をえびす様とする系統:西宮神社(兵庫)など
事代主神がえびす様と結びついたのは、国譲りのとき美保の岬で釣りをしていた、という古事記・日本書紀の場面からだと考えられています。
釣り竿を持ったえびす様の姿は、まさにこの場面なんですよね。
僕も一度、釣りに挑戦したことがありますが、釣れたのは魚ではなく、隣の人の釣り糸でした。えびす様への道は、まだまだ遠そうです。
まとめ
- 事代主神は、大国主命の子で、国譲りで「この国を天つ神の御子に献上しましょう」と答えた神様です。
- 名前の「事代」は、神様の言葉を伝えることを表すと考えられ、託宣の神様とされています。
- 答えたあと、船を踏み傾け、天の逆手を打ち、青柴垣に隠れたという不思議な最期が語られます。
- 日本書紀では神武天皇の皇后の父、壬申の乱で神がかりして言葉を告げた神様としても登場し、宮中八神の一柱です。
- 美保の岬で釣りをしていたことからえびす様として親しまれ、素盞雄神社などでは飛鳥大神としてお祀りされています。
たったひとことで国の行く末を決め、静かに去っていった言葉の神様。
その神様が、今はえびす様の笑顔で、私たちの暮らしを見守ってくれているんですよね。
よくある質問(FAQ)
Q. 事代主神とえびす様は、同じ神様ですか?
A. 美保神社や今宮戎神社などでは、事代主神をえびす様としてお祀りしています。一方で、西宮神社のように、蛭子(ひるこ)をえびす様とする神社もあります。
Q. 「事代主」とは、どういう意味ですか?
A. 「神様の言葉(事・言)を代わりに伝える主」という意味だと考えられています。神様のお告げ(託宣)をつかさどる神様とする説が有力です。
Q. 事代主神は、国譲りのあとどうなったのですか?
A. 古事記では、船を踏み傾け、天の逆手を打って、青柴垣の中に隠れたと書かれています。海の中へ身を隠した、つまりこの世から去った、と読む見方もあります。
Q. 事代主神と一言主神は、同じ神様ですか?
A. 古事記・日本書紀では別々の神様として描かれています。ただ、どちらも葛城の地や「言葉」と深く関わることから、同じ神様とみる考え方もあり、素盞雄神社の公式サイトでも飛鳥大神の別名を「事代主神・一言主神」としています。
この記事は、古事記・日本書紀などの原典や、ネット上の資料を参考にまとめ、まこもが考察を加えたものです。考察の部分は「まこも考察」として書き分けています。
出典・参考文献
- 『古事記』上巻(大国主神の国譲り)、下巻(雄略天皇)原文
- 『日本書紀』巻第一 神代上(第八段 一書第六)、巻第二 神代下(第九段)、巻第二十八 天武天皇元年
- 『延喜式』神名帳(宮中神・大和国)
- 『出雲国造神賀詞』(『延喜式』巻八 祝詞)
- 國學院大學 古典文化学事業「古事記ビューアー」神名データベース「事代主神」 https://kojiki.kokugakuin.ac.jp/shinmei/kotoshironushinokami/
- しまね観光ナビ「美保神社」 https://www.kankou-shimane.com/destination/20254
- しまね観光ナビ「青柴垣神事」 https://www.kankou-shimane.com/destination/21556
- 三嶋大社 公式サイト「三嶋大社について」 https://www.mishimataisha.or.jp/shrine
- 御所市「鴨都波神社」 https://www.city.gose.nara.jp/kankou/0000001391.html
- 飛鳥坐神社 公式サイト「飛鳥坐神社とは」 http://asukaniimasujinja.jp/about/index.html
- 今宮戎神社 公式サイト https://www.imamiya-ebisu.jp/
- 素盞雄神社 公式サイト「由緒」 https://susanoo.or.jp/yuisho/
- 東京都神社庁「ご社宝めぐり 瑞光石」 http://www.tokyo-jinjacho.or.jp/goshahou/zuikouseki/
- 国立国会図書館 レファレンス協同データベース「『出雲国造神賀詞』について知りたい。」 https://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000100469


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