
この記事で分かること
牛頭天王(ごずてんのう)は、京都の祇園祭や、各地の「天王祭」でお祀りされてきた神様です。
ところが、古事記にも日本書紀にも、この神様の名前は出てきません。
どこから来た神様なのか。
なぜ須佐之男命と同じ神様とされたのか。
そして、なぜ今はその名前をあまり聞かなくなったのかを、史料と伝承に分けてお話しします。
牛頭天王を一言でいうと
疫病をはやらせる力と、疫病を祓う力の両方を持つと考えられた神様です。
平安時代から、京都の祇園社(今の八坂神社)でお祀りされ、祇園祭の神様として全国に信仰が広まりました。
そして、須佐之男命と同じ神様とされるようになり、「祇園さん」「天王さん」「お天王さま」と親しまれてきました。
日本の神様でありながら、仏教や陰陽道の考えも混じり合って生まれた、とても不思議な神様なんですよね。
名前の意味を見てみよう
- 牛頭(ごず):牛の頭。牛の頭を持つ姿で描かれることがあります
- 天王(てんのう):仏教で、天の世界に住む神々(天部)の王をたたえる呼び方
「牛頭」の由来にはいくつかの説があります。
- インドの祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)の近くにあった「牛頭山」の神様だとする説
- 朝鮮半島の「牛頭山(ソシモリ)」に関わる神様だとする説
- 日本で、疫病の神様として独自に形づくられた神様だとする説
八坂神社の社伝には、斉明天皇2年(656年)に、高麗から来た伊利之(いりし)が、新羅国の牛頭山にいた素戔嗚尊をこの地にお祀りした、という伝えがあります。
須佐之男命の記事で紹介したように、日本書紀の一書には、素戔嗚尊が新羅の「曽尸茂梨(そしもり)」に降りたという話もあります。
「そしもり」は「牛の頭」を意味する朝鮮の言葉だとする説もあり、牛頭天王と須佐之男命を結びつける手がかりの一つとされています。
「牛の頭の神様」と聞くと、少し怖そうに思えるかもしれません。
でも、各地で「お天王さま」と親しく呼ばれてきたのは、それだけ人々の暮らしのすぐそばにいてくれた神様だったからなんです。
牛頭天王のプロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 読み | ごずてんのう |
| 呼ばれ方 | 祇園さん、天王さん、お天王さま、武塔天神(むとうてんじん) |
| 同一視された神様 | 須佐之男命(すさのおのみこと) |
| 本地仏(仏教での本来の姿) | 薬師如来(やくしにょらい)とされる |
| 妻 | 頗梨采女(はりさいじょ)。沙竭羅龍王(しゃがらりゅうおう)の娘とされる |
| 子 | 八王子(はちおうじ)。八柱の御子神 |
| 性格 | 行疫神(ぎょうやくじん)。疫病をはやらせ、また防ぐ神 |
| 主な神社 | 八坂神社(京都)、廣峯神社(兵庫)、津島神社(愛知)、素盞雄神社(東京)など |
どの文献に出てくる?
古事記・日本書紀には出てこない
まず大切なのは、牛頭天王という名前は、古事記にも日本書紀にも出てこない、ということです。
これまで神様図鑑で紹介してきた神様たちとは、そこが大きく違います。
牛頭天王は、奈良時代の終わりから平安時代にかけて、仏教・陰陽道・日本の神様への信仰が混じり合う中で形づくられていった神様だと考えられています。
備後国風土記の逸文:武塔神と蘇民将来【史料】
牛頭天王の物語のもとになったといわれるのが、鎌倉時代の『釈日本紀(しゃくにほんぎ)』に引用されて残った、『備後国風土記(びんごのくにふどき)』の逸文です。
北の海にいた武塔神(むとうのかみ)が、南の海の神様の娘に求婚しに行く途中、日が暮れて宿を求めました。
裕福な弟の将来は断りましたが、貧しい兄の蘇民将来(そみんしょうらい)は、粗末ながら心を込めてもてなしました。
のちに武塔神は、「私は速須佐雄(はやすさのお)の神である」と名乗り、「疫病がはやったら、蘇民将来の子孫だと言って、茅の輪を腰につけなさい」と教えたといいます。
この武塔神が、のちに牛頭天王と同じ神様とされていきました。
祇園牛頭天王縁起・簠簋内伝【伝承】
中世になると、牛頭天王の物語は、さらにくわしく語られるようになります。
- 平安時代末の辞書『伊呂波字類抄(いろはじるいしょう)』には、牛頭天王はインドの北にある国の王で、沙竭羅龍王の娘を妻とし、八人の王子をもうけた、と記されています。
- 『祇園牛頭天王縁起』などの縁起では、牛頭天王の本地(仏教での本来の姿)は、東方浄瑠璃世界の薬師如来だとされています。
- 陰陽道の書物『簠簋内伝(ほきないでん)』には、牛頭天王が龍宮の姫を妻に迎えに行く旅の途中、宿を断った巨旦将来(こたんしょうらい)をほろぼし、もてなした蘇民将来を守った、という物語がくわしく書かれています。
備後国風土記の「武塔神」の話が、中世には「牛頭天王」の話として、より大きな物語に育っていったんです。
御神徳(ご利益)
- 疫病除け・厄除け:疫病をはやらせる力を持つ神様だからこそ、正しくお祀りすれば疫病を防いでくれる、と考えられてきました。
- 災難除け・悪疫退散:天王祭では、神輿を激しく振って、神様の力で町の災いを祓います。
- 五穀豊穣・商売繁盛:夏の祭りの神様として、豊作や町の繁栄も願われてきました。
祀る主な神社
八坂神社(京都府京都市東山区)
「祇園さん」と親しまれる、牛頭天王信仰の中心となってきた神社です。
長く「祇園社」「祇園感神院(ぎおんかんしんいん)」と呼ばれ、牛頭天王をお祀りしてきました。
八坂神社の公式サイトによると、創祀には二つの説があります。
- 斉明天皇2年(656年)、高麗から来た伊利之が、新羅国の牛頭山の素戔嗚尊をお祀りした
- 貞観18年(876年)、奈良の僧・円如(えんにょ)がお堂を建て、天神が祇園林に降り立った
貞観11年(869年)、疫病がはやったとき、神泉苑(しんせんえん)で66本の矛を立てて祈ったのが、祇園祭の始まりとされています。
66本は、当時の日本の国の数にあわせたものといわれます。
廣峯神社(兵庫県姫路市)
姫路市の広峰山の山頂にある神社で、天平5年(733年)、唐から帰国した吉備真備(きびのまきび)がこの地で神威を感じたことから創建されたと伝えられています【伝承】。
全国の牛頭天王の総本宮とされ、明治の神仏分離より前は、牛頭天王をお祀りし、薬師如来を本地仏としていたといいます。
八坂神社も牛頭天王の総本宮とされていて、どちらが「本家」かは、昔から二つの説があります。
津島神社(愛知県津島市)
「全国天王総本社」を名乗り、全国に約3,000社ある天王社の中心とされる神社です。
今は建速須佐之男命をお祀りしていますが、今も「津島の天王さま」と呼ばれています。
素盞雄神社(東京都荒川区)
「お天王さま」と呼ばれる南千住の神社で、創建のときには御祭神を「牛頭天王・飛鳥権現」と称したと伝えられています。
6月の天王祭では、神輿を鳳凰が地面につくほど激しく振って、町の災いを祓います。
くわしくは素盞雄神社の記事で紹介しています。
このほか、全国の「八坂神社」「八雲神社」「須賀神社」「祇園神社」「天王社」などの多くが、もとは牛頭天王をお祀りしていた神社です。
古神道的な読み解き
荒ぶる神を祀って、守り神にする
牛頭天王は、疫病をはやらせる神様でもあり、疫病を防ぐ神様でもあります。
一見すると矛盾しているようですが、これは日本の神様の考え方の大切なところです。
災いをもたらす荒々しい力は、正しくお祀りして、おもてなしをすれば、人を守る力に変わる。
平安時代には、非業の死をとげた人の霊を祀って鎮める「御霊会(ごりょうえ)」が盛んに行われましたが、祇園御霊会も、そうした流れの中で始まったお祭りでした。
古神道でいう「荒魂(あらみたま)」と「和魂(にぎみたま)」の考え方が、牛頭天王の信仰にはよく表れています。
なぜ須佐之男命と同じ神様になったのか
牛頭天王が須佐之男命と同じ神様とされたのには、いくつかの理由があると考えられています。
- 荒ぶる神様どうし:須佐之男命も、高天原で暴れた荒々しい神様です。
- 武塔神の名乗り:備後国風土記の逸文で、武塔神が「私は速須佐雄の神である」と名乗っています。
- 新羅の曽尸茂梨:日本書紀の一書で、素戔嗚尊が新羅の曽尸茂梨に降りたとされ、「そしもり=牛の頭」とする説があります。
中世には「牛頭天王は須佐之男命と同じ神様」という考え方が広く定着し、各地の天王社でも、二柱が重ねてお祀りされるようになりました。
明治の神仏分離で「消えた」名前
牛頭天王は、仏教や陰陽道と深く結びついた神様でした。
明治元年(1868年)の神仏分離で、神社から仏教的な要素を取り除くことが求められると、「牛頭天王」という名前も使われなくなっていきます。
祇園社は「八坂神社」と名前を改め、御祭神も素戔嗚尊とされました。
全国の天王社も、多くが「八坂神社」「八雲神社」「須賀神社」などと名前を変え、御祭神を須佐之男命としました。
こうして、牛頭天王という名前は、神社の表からはほとんど姿を消しました。
でも、「天王祭」「天王さま」「祇園さん」という呼び名や、祭りの形の中に、今もしっかりと生き続けているんです。
まこも考察
ここからはまこもの考察です。
牛頭天王について調べていて、僕が心を動かされたのは、「名前が消えても、祭りは消えなかった」ということです。
明治の神仏分離で、牛頭天王という名前は神社の表から消えました。
でも、祇園祭の山鉾は今も京都の町を進み、南千住の天王祭では今も神輿が激しく振られています。
人々は、神様の名前が変わっても、「夏になったら、お天王さまにお祭りをして、疫病や災いを祓ってもらう」という暮らしのリズムを、ずっと守り続けてきました。
神様の名前は、時代によって変わることがあります。
でも、神様への思いは、祭りという形の中に受け継がれていく。
古神道が大切にしてきたのは、名前や理屈よりも、そうした「祀り続けること」そのものだったのかもしれません。
夏に「天王祭」の文字を見かけたら、そこにはきっと、1000年以上前から続く、疫病を祓う祈りが流れています。
他の神様とのつながり
- 須佐之男命:牛頭天王と同じ神様とされた神様。蘇民将来の話も紹介
- 事代主神:素盞雄神社で、牛頭天王(素盞雄大神)とともに「飛鳥大神」としてお祀りされている神様
- 頗梨采女(はりさいじょ):牛頭天王の妻とされる女神。のちに櫛稲田姫命と同一視される
- 八王子(はちおうじ):牛頭天王の八柱の御子神。のちに須佐之男命の八柱の御子神と重ねられる
伝承・関連する話
【伝承】蘇民将来の護符と茅の輪
蘇民将来の話から、「蘇民将来子孫(そみんしょうらいのしそん)」などと書いた護符(お札)を門口に貼ったり、身につけたりする風習が各地に伝わっています。
夏越の祓の茅の輪くぐりも、武塔神(牛頭天王)が蘇民将来に「茅の輪をつけなさい」と教えた話がもとになっているとされます。
京都の祇園祭でも、ちまきに「蘇民将来子孫也」と書かれたお札がつけられ、門口に飾って厄除けにする風習があります【伝承】。
【噂・俗説】「祇園祭のあいだは、きゅうりを食べない」
京都や博多などでは、「祇園祭の期間中は、きゅうりを食べない」という話が伝わっています。
きゅうりを輪切りにした切り口が、八坂神社の神紋に似ているから、というのが理由として語られています。
これは地域の言い伝えで、すべての人が守っているわけではありません。
ただ、神様の紋に似たものを口にするのは恐れ多い、という感覚は、神様をとても身近に、そして大切に思ってきた人々の気持ちを表しているように思います。
僕は夏になるときゅうりの浅漬けが欠かせないので、祇園祭の時期に京都にいたら、ちょっと困ってしまいそうです。
まとめ
- 牛頭天王は、疫病をはやらせ、また防ぐと考えられた神様で、平安時代から京都の祇園社でお祀りされてきました。
- 古事記・日本書紀には出てこない神様で、仏教・陰陽道・日本の神様への信仰が混じり合って形づくられたと考えられています。
- 備後国風土記の逸文の武塔神と蘇民将来の話や、中世の縁起を通して、須佐之男命と同じ神様とされるようになりました。
- 貞観11年(869年)の祇園御霊会が、祇園祭の始まりとされています。
- 明治の神仏分離で名前は神社の表から消えましたが、「天王祭」「お天王さま」という呼び名や祭りの形の中に、今も生き続けています。
名前が変わっても、祭りは続いていく。
牛頭天王は、日本の人々が「祀り続けること」を大切にしてきたことを教えてくれる神様なんですよね。
よくある質問(FAQ)
Q. 牛頭天王と須佐之男命は、同じ神様ですか?
A. もともとは別の神様だったと考えられていますが、中世以降、同じ神様とされるようになりました。明治の神仏分離で、牛頭天王をお祀りしていた神社の多くは、御祭神を須佐之男命としています。
Q. 牛頭天王は、古事記や日本書紀に出てきますか?
A. 出てきません。備後国風土記の逸文に登場する「武塔神」や、中世の縁起・陰陽道の書物などを通して形づくられた神様です。
Q. 祇園祭と牛頭天王には、どんな関係があるのですか?
A. 祇園祭は、祇園社(今の八坂神社)でお祀りされてきた牛頭天王のお祭りです。貞観11年(869年)に疫病を鎮めるために行われた祇園御霊会が、その始まりとされています。
Q. なぜ「天王祭」という名前のお祭りが各地にあるのですか?
A. 牛頭天王(天王さま)をお祀りするお祭りだったからです。明治以降、神社の名前や御祭神は変わっても、「天王祭」という呼び名は多くの地域で受け継がれています。
この記事は、古事記・日本書紀などの原典や、ネット上の資料を参考にまとめ、まこもが考察を加えたものです。考察の部分は「まこも考察」として書き分けています。
出典・参考文献
- 『日本書紀』巻第一 神代上(第八段 一書第四)原文
- 『備後国風土記』逸文(『釈日本紀』所引)
- 『伊呂波字類抄』、『祇園牛頭天王縁起』、『簠簋内伝』
- 八坂神社 公式サイト「八坂神社の歴史」 https://www.yasaka-jinja.or.jp/about/history/
- 廣峯神社 公式サイト https://hiromine.or.jp/
- 津島神社 公式サイト https://tsushimajinja.or.jp/
- 素盞雄神社 公式サイト「由緒」 https://susanoo.or.jp/yuisho/
- 東京都神社庁「ご社宝めぐり 瑞光石」 http://www.tokyo-jinjacho.or.jp/goshahou/zuikouseki/
- コトバンク「牛頭天王」 https://kotobank.jp/word/%E7%89%9B%E9%A0%AD%E5%A4%A9%E7%8E%8B-64901
- Wikipedia「祇園信仰」 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%87%E5%9C%92%E4%BF%A1%E4%BB%B0


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