庚申信仰とは?「眠らない夜」と庚申塔・三猿のひみつ

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この記事で分かること
庚申信仰(こうしんしんこう)は、60日に一度めぐってくる「庚申(かのえさる)」の夜に、眠らずに過ごすという、昔の人々の信仰です。

なぜ眠ってはいけなかったのか。
道ばたの石塔に、なぜ猿が彫られているのか。
猿田彦大神とはどんな関係があるのか。
庚申信仰のひみつを、史料と伝承に分けてお話しします。

庚申信仰を一言でいうと

人の体の中には「三尸(さんし)」という虫がいて、庚申の夜、眠っているあいだに体を抜け出し、天の神様にその人の悪い行いを告げ口する。
だから庚申の夜は、みんなで集まって眠らずに過ごそう。
そんな、中国の道教から伝わった考えが、日本で独自に育った民間の信仰です。

江戸時代には、村ごとに「庚申講(こうしんこう)」という集まりが作られ、その記念に「庚申塔(こうしんとう)」という石塔がたくさん建てられました。

道ばたや神社の境内で、三匹の猿が彫られた古い石塔を見かけたら、それはきっと庚申塔なんですよね。

基本をおさえよう

項目内容
庚申(こうしん・かのえさる)十干の「庚(かのえ)」と十二支の「申(さる)」が重なる日。60日に一度めぐってくる
起源中国の道教の「守庚申(しゅこうしん)」の考え
三尸(さんし)人の体の中にいるとされる三匹の虫
庚申待(こうしんまち)庚申の夜、眠らずに過ごす行事
庚申講庚申待を一緒に行う、村や町の集まり
庚申塔庚申講が建てた記念の石塔
本尊青面金剛(しょうめんこんごう)。神道では猿田彦大神
使者猿(申にちなむ)

十干と十二支の組み合わせは60通りあるので、同じ「庚申」の日は60日ごとにやってきます。
一年はおよそ360日ですから、庚申の日は一年に6回、年によっては7回あります。

三尸の虫と「眠らない夜」

体の中の三匹の虫

中国の道教では、人の体の中には「三尸(さんし)」という三匹の虫が住んでいると考えられていました。
頭と、お腹と、足にいる、という説明がよく知られています。

三尸は、その人がしたことをいつも見ています。
そして、庚申の夜になると、その人が眠っているあいだに体を抜け出して天に昇り、天の神様(天帝)に、その人の悪い行いを報告する。
報告を受けた天の神様は、罪の重さに応じて、その人の寿命を縮めてしまう、というのです。

眠らなければ、虫は抜け出せない

でも、三尸が体を抜け出せるのは、人が眠っているときだけ。
だったら、庚申の夜は眠らずに起きていればいい。
これが、庚申の夜を眠らずに過ごす「守庚申(しゅこうしん)」「庚申待(こうしんまち)」のはじまりです。

体の中の虫が告げ口しないように、一晩中起きている。
考えてみると、なんだかとても人間らしい信仰ですよね。
僕の体の中の三尸がもし本当にいたら、「毎晩夜ふかしして、朝ごはんを抜いている」と毎回報告されてしまいそうです。

日本での広がり

平安貴族の「庚申の遊び」

庚申の信仰は、奈良時代から平安時代にかけて日本に伝わりました。
平安時代の貴族たちは、庚申の夜に集まって、歌を詠んだり、碁や双六をしたり、音楽を楽しんだりして、夜を明かしたといわれます【伝承】。
眠らないための集まりが、いつのまにか、にぎやかな夜の社交の場になっていたんです。

室町時代の庚申塔

室町時代になると、僧侶たちを中心に、庚申待を記念する石の塔(板碑)が作られるようになります。

日本最古の庚申塔の一つとされるのが、埼玉県川口市の実相寺にある「文明三年銘庚申待供養板碑(ぶんめいさんねんめいこうしんまちくようびたい)」です。
文明3年(1471年)の年号が刻まれた、青い石の板碑で、現存する最古級の庚申塔とされています。

江戸時代の庚申講と庚申塔

江戸時代になると、庚申信仰は庶民のあいだに大きく広まりました。
村や町ごとに「庚申講」という集まりが作られ、庚申の日になると、当番の家に集まって、青面金剛などの掛け軸をかけ、お供えをし、ごちそうを食べながら、一晩中おしゃべりをして過ごしました。

そして、庚申待を何年も続けた記念や、講の仲間のつながりを確かめるために、庚申塔が建てられるようになりました。
3年間で18回の庚申待を続けると、庚申塔を建てる、という習わしがあった地域もあるといわれます【伝承】。

江戸時代に作られた庚申塔は、今も全国の道ばたや神社・お寺の境内にたくさん残っています。
村の入り口や分かれ道に建てられ、道しるべを兼ねているものも多くあります。

青面金剛と猿田彦大神

仏教では青面金剛

庚申塔に多く彫られているのが、青面金剛(しょうめんこんごう)という仏です。
青い体に、たくさんの腕を持ち、怒った顔をしている姿で表されます。
三尸の虫を退治してくれる、病気を祓う仏として信仰されました。

神道では猿田彦大神

一方、神道では、庚申の本尊を猿田彦大神とする考え方が広まりました。

  • 「庚申(かのえさる)」の「申(さる)」と、「猿田彦」の「猿」が同じ読みであること
  • 猿田彦大神が、天孫降臨で道案内をした「道の神様」「分かれ道の神様」であること

こうした理由から、庚申塔には「猿田彦大神」と刻まれたものもたくさんあります。
道の分かれ目に立つ庚申塔が、道祖神(どうそじん)とも重ねられて、村の入り口を守る神様になっていったんです。

三猿の意味

庚申塔の下のほうには、目・口・耳をふさいだ三匹の猿、「見ざる・言わざる・聞かざる」の三猿(さんえん)がよく彫られています。

猿は、「申(さる)」にちなむ庚申の使いとされました。
そして三猿には、「悪いことを見ない、言わない、聞かない」ことで、三尸に天へ告げ口される罪を作らないように、という意味が込められていると考えられています【伝承】。

「見ざる・言わざる・聞かざる」は、日光東照宮の彫刻でも有名ですね。

庚申塔の鶏

庚申塔には、猿のほかに、二羽の鶏が彫られていることもあります。
庚申待は、一晩中起きていて、朝の一番鶏の声を聞いたら終わりとされていました。
鶏は、夜明け、つまり「無事に朝を迎えた」ことを表していると考えられています【伝承】。

庚申塔が見られる場所

素盞雄神社(東京都荒川区)

南千住の素盞雄神社の境内には、荒川区の指定文化財になっている庚申塔が三基あります。
そのうちの一基は延宝6年(1678年)に建てられたもので、三猿と二羽の鶏が刻まれています。
くわしくは素盞雄神社の記事で紹介しています。

実相寺(埼玉県川口市)

日本最古級の庚申塔とされる、文明3年(1471年)の庚申待供養板碑が伝わるお寺です。

柴又帝釈天(東京都葛飾区)

柴又帝釈天(題経寺)は、庚申の日を縁日としていることで知られています。
江戸時代の中ごろ、行方が分からなくなっていたご本尊の板本尊が、安永8年(1779年)の庚申の日に、本堂の修理中に梁の上から見つかったことから、庚申の日が縁日になったと伝えられています【伝承】。
今も庚申の日には、多くの参拝者でにぎわいます。

このほかにも、庚申塔は全国の道ばたや神社・お寺にたくさん残っています。
散歩の途中で、ぜひ探してみてください。

古神道的な読み解き

外から来た信仰を、日本の神様と結ぶ

庚申信仰は、もとは中国の道教の考えでした。
それが日本に伝わると、仏教の青面金剛と結びつき、さらに神道の猿田彦大神とも結びついていきました。

外から来た考えを、そのまま受け入れるのではなく、日本の神様や、村の暮らしの中に溶け込ませていく。
庚申信仰には、神と仏と道教が混じり合う、日本の信仰の姿がよく表れています。

道の神様と境の守り

庚申塔が、村の入り口や分かれ道に多く建てられたのは、猿田彦大神が「道の神様」「境の神様」とされたこととも関係していると考えられます。
村の外から悪いものが入ってこないように、境で守ってくれる神様。
古くからある「塞(さえ)の神」「道祖神」への信仰と、庚申信仰が重なっていったんです。

まこも考察

ここからはまこもの考察です。

庚申信仰について調べていて、僕がいちばん面白いと思ったのは、「告げ口されないように、みんなで起きている」という発想です。

本当は、悪いことをしなければ、告げ口されても困らないはずです。
でも昔の人たちは、「人は誰でも、知らないうちに何かしら悪いことをしてしまうものだ」と、どこかで思っていたのかもしれません。
だから一人で悩むのではなく、村のみんなで集まって、ごちそうを食べて、おしゃべりをして、一緒に夜を明かした。

そう考えると、庚申待は、自分の弱さを認めたうえで、仲間と支え合って朝を迎える、とてもやさしい行事だったように思います。
そして、無事に朝を迎えたしるしとして、庚申塔に鶏を刻んだ。

道ばたの庚申塔は、ただの古い石ではなく、「みんなで夜を越えた」記念碑なのだと思うと、見る目が少し変わってきませんか。

関連する神様・記事

まとめ

  • 庚申信仰は、60日に一度の庚申の夜、体の中の三尸の虫が天の神様に告げ口しないように、眠らずに過ごす信仰です。
  • 中国の道教の「守庚申」が伝わり、平安貴族の夜の集まりを経て、江戸時代には庚申講として庶民に広まりました。
  • 庚申講の記念に建てられたのが庚申塔で、日本最古級のものは文明3年(1471年)の板碑とされます。
  • 本尊は仏教では青面金剛、神道では猿田彦大神とされ、三猿や鶏が彫られることがあります。
  • 柴又帝釈天の縁日や、素盞雄神社の庚申塔など、今も身近な場所で庚申信仰の名残にふれることができます。

みんなで夜を越えた記念碑、庚申塔。
道ばたで三猿を見かけたら、昔の人たちのにぎやかな夜を思い浮かべてみてくださいね。

よくある質問(FAQ)

Q. 庚申の日は、いつあるのですか?
A. 十干と十二支の組み合わせで60日に一度めぐってくるので、一年に6回、年によっては7回あります。暦やカレンダーで「庚申(かのえさる)」の日を確かめることができます。

Q. 庚申塔には、なぜ猿が彫られているのですか?
A. 庚申の「申(さる)」にちなんで、猿が庚申の使いとされたからです。「見ざる・言わざる・聞かざる」の三猿には、悪いことを見ない・言わない・聞かないことで、三尸に告げ口される罪を作らないように、という意味が込められていると考えられています。

Q. 庚申信仰と猿田彦大神には、どんな関係があるのですか?
A. 「申(さる)」と「猿」の読みが同じことや、猿田彦大神が道の神様・境の神様であることから、神道では庚申の本尊を猿田彦大神とする考え方が広まりました。庚申塔に「猿田彦大神」と刻まれたものもあります。

Q. 今でも庚申待をしている地域はありますか?
A. 数は少なくなりましたが、今も庚申講を続けている地域があるといわれます。また、柴又帝釈天のように、庚申の日を縁日としているお寺もあります。

この記事は、古事記・日本書紀などの原典や、ネット上の資料を参考にまとめ、まこもが考察を加えたものです。考察の部分は「まこも考察」として書き分けています。

出典・参考文献

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