息栖神社ってどんな神社?東国三社の道案内の神様と泣いた瓶・忍潮井

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この記事で分かること
息栖神社(いきすじんじゃ)は、茨城県神栖市にある、久那斗神(くなどのかみ)を主神とする神社です。

鹿島神宮・香取神宮とともに「東国三社」と呼ばれる由緒、国譲りの神話とのつながり、そして日本三霊泉の一つ「忍潮井(おしおい)」に残る、泣いた瓶の伝説まで、この神社の魅力を史料と伝承に分けてお話しします。

息栖神社を一言でいうと

国譲りのとき、鹿島・香取の神様を導いた「道案内の神様」たちをお祀りする、東国三社の一社です。

江戸時代には、関東より北の人々が伊勢神宮にお参りしたあと、「下三宮巡り(しもさんぐうめぐり)」と称して、鹿島・香取・息栖の三社をお参りしたといいます(息栖神社 公式サイト)。

三社の中ではいちばん小さな神社です。
でも、利根川のほとりの静かな森の中に、とても古い物語がいくつも眠っているんです。

基本情報

項目内容
名前息栖神社(いきすじんじゃ)
所在地茨城県神栖市息栖2882
御祭神主神:久那斗神(くなどのかみ)/相殿:天乃鳥船神(あめのとりふねのかみ)、住吉三神
創祀応神天皇の御代と伝えられる。大同2年(807年)に今の地へ遷座したと伝えられる
別称東国三社の一社
主な祭り例大祭(4月13日)、夏越の大祓(6月30日)など
名所忍潮井(日本三霊泉の一つ)、御神木の夫婦杉

※ 所在地・御祭神などは、2026年9月25日に息栖神社の公式サイトで確認しました。

御祭神と古事記・日本書紀【史料】

主神・久那斗神

主神の久那斗神は、日本書紀で「岐神(くなどのかみ)」と書かれる神様です。

日本書紀では、伊邪那岐命が黄泉の国から逃げ帰るとき、追いかけてくるものに向かって杖を投げ、「ここから先へは来るな」と言った、その杖から生まれた神様とされています。
道の分かれ目や村の境に立って、悪いものが入ってくるのを防ぐ神様です。

そして、国譲りの場面にも登場します。
日本書紀の第九段の一書第二では、国を譲ることに決めた大己貴神(おおあなむちのかみ、大国主命のこと)が、岐神を二柱の使いに推薦しました。

乃薦岐神於二神曰「是當代我而奉從也。吾將自此避去。」
(『日本書紀』巻第二・第九段 一書第二)

読みやすくしてみると、「そして岐神を二柱の神様に推薦して、『この神が私の代わりにお仕えします。私はここから去りましょう』と言った」。

故經津主神、以岐神爲鄕導、周流削平。

「そこで経津主神は、岐神を道案内にして、各地をめぐって平定した」。

息栖神社の公式サイトでも、日本書紀では建御雷神と経津主神が遣わされ、久那斗神がその先導にあたった、と紹介されています。

相殿・天乃鳥船神

相殿の天鳥船神は、古事記の国譲りで、建御雷神と一緒に出雲へ降りた神様です。

爾天鳥船神、副建御雷神而遣。
(『古事記』上巻・建御雷神の派遣)

「そこで、天鳥船神を建御雷神に副えて遣わした」。

古事記では、美保の岬へ出かけていた事代主神を呼び戻したのも、この天鳥船神でした。
神栖市観光協会のページでは、天鳥船神は「鹿島大神の御先導をつとめられた神様」と紹介されています。

相殿・住吉三神

住吉三神は、底筒男命(そこつつのおのみこと)・中筒男命(なかつつのおのみこと)・上筒男命(うわつつのおのみこと)の三柱の神様です。

古事記では、伊邪那岐命が黄泉の国の穢れを清めるため、海で禊(みそぎ)をしたときに生まれました。
海の底、海の中、海の上ですすいだときに生まれた三柱で、海の神様、航海の神様として信仰されています。

道案内の神様が集まる神社

息栖神社の神様を並べてみると、あることに気づきます。

  • 久那斗神:日本書紀で、経津主神の道案内をした神様
  • 天鳥船神:古事記で、建御雷神と一緒に降りた神様
  • 住吉三神:海路を守る神様

どの神様も、「導く」「運ぶ」「守って送り届ける」神様なんです。
公式サイトでも、久那斗神は厄除招福・交通守護の神様、天乃鳥船神は交通守護、住吉三神は海上守護の神様と紹介されています。

由緒と歴史の変遷

日川から息栖へ

息栖神社の公式サイトによると、この神社の始まりは応神天皇の時代と伝えられています。

神代に、久那斗神と天乃鳥船神は、鹿島・香取の神様に従って東国にやって来ました。
鹿島・香取の両神宮がそれぞれ台地の上に鎮まったのに対して、久那斗神と天乃鳥船神は、海辺の日川(今の神栖市日川)にとどまり、やがて応神天皇の時代に神社としてお祀りされたと考えられています。

その後、大同2年(807年)に、平城天皇の命を受けた藤原内麻呂によって、今の息栖の地に遷されたと伝えられています【伝承】。
例大祭の4月13日は、この遷座の日にちなむもので、平成19年(2007年)には「御遷座千二百年」の祭典が行われました。

「おきつす」から「いきす」へ

平安時代の国の歴史書『日本三代実録』には、「於岐都説神」という神様に、仁和元年(885年)に従五位下の位が授けられたことが見えます。
息栖神社の公式サイトでは、この「於岐都説」は「沖洲(おきつす)」のことで、それが「息栖」になったと考えられる、としています(別の説もあるそうです)。

かつてこのあたりは海で、沖の州(す)が、やがて陸続きになって集落ができていきました。
「沖の洲」の神様が、「息栖」の神様になった。
地名の中に、この土地が海だったころの記憶が残っているんですね。

火災と再建

社殿は享保8年(1723年)に建て替えられましたが、昭和35年(1960年)10月に焼失し、昭和38年(1963年)5月に今の社殿が完成しました(息栖神社 公式サイト)。

境内の見どころ

忍潮井(おしおい)

常陸利根川沿いの一の鳥居の両脇に、小さな鳥居の立つ四角い井戸が二つあります。
これが「忍潮井」です。

公式サイトによると、それぞれの井戸の中をのぞくと、水の底にうっすらと瓶(かめ)が見えます。
白御影石で銚子の形をしているものを「男瓶(おがめ)」、少し小ぶりで土器の形をしているものを「女瓶(めがめ)」と呼び、どちらも千年以上も清水を湧き出させ続けてきたとされています。

あたり一面が海水に覆われていたころ、真水の水脈を見つけて噴き出させたところ、まわりの海水を押しのけて真水が湧き出した。
そこから「忍潮井(潮を押しのける井戸)」の名がついた、といいます。

神栖市観光協会によると、忍潮井は、伊勢の明星井(あけぼのい)、山城の直井と並んで、「日本三霊泉」の一つに数えられています。

女瓶の水を男性が、男瓶の水を女性が飲むと、二人は結ばれる、という言い伝えもあり、縁結びのご利益もあるとされています【伝承】。
ただし、今は忍潮井の水を直接飲むことはできません。
境内の手水舎の奥にある湧き水が、忍潮井と同じ清水で、お水取りができるそうです。

息栖の森と夫婦杉

利根川を行き来する船人にとって、息栖神社の森は「息栖の森」と呼ばれる目印でした(息栖神社 公式サイト)。

鹿島潟 沖洲の森の ほととぎす 船をとめてぞ 初音ききつる
(藤原時朝)

「鹿島潟の、沖洲の森のほととぎす。船をとめて、今年初めての鳴き声を聞いたよ」。
「沖洲の森」が、この息栖の森のことなんですね。

御神木は、樹齢およそ千年の夫婦杉です。
途中から幹が二つに分かれ、寄り添うようにそびえています。

境内には、ほかにも縁起のよい木があります(息栖神社 公式サイト)。

  • 御衣黄(ぎょいこう):4月に咲く、淡い緑色の珍しい桜。咲き進むと中心が赤く染まる
  • 招霊(おがたま)の木:幸運をもたらす精霊が宿るとされる木。5月ごろ小さな花を咲かせる
  • 那岐(なぎ)の木:名前が「凪(なぎ)」に通じ、葉が縦に裂けにくいことから、夫婦円満や縁結びのお守りとされる

※ 境内の木の枝や葉を折って持ち帰ることは、ご遠慮くださいとのことです。

境内の摂社・末社

公式サイトによると、境内には高房神社・伊邪那岐神社・鹿島神社・香取神社・奥宮・江神社・手子后神社・八龍神社・稲荷神社・若宮があります。
鹿島神社と香取神社があるのは、東国三社ならではですね。

神事・例祭の意味

例大祭(4月13日)

大同2年(807年)4月13日の遷座を祝い、長いあいだ見守っていただいたことに感謝する、息栖神社でいちばん大切なお祭りです。
公式サイトによると、鹿島神宮の大宮司が来られて祭詞を奏上します。
東国三社のつながりが、今もお祭りの中に生きているんです。

夏越の大祓(6月30日)

茅の輪をくぐって半年の穢れを祓うお祭りです。
息栖神社では、神職と氏子が茅の輪をくぐってお祈りをしたあと、一の鳥居から、五色の絹の吹き流しを立てた船に乗って、「井戸・船・川の安全」を願いながら常陸利根川へとくり出します(息栖神社 公式サイト)。
道案内と船の神様の神社らしい、水の上のお祭りです。

息栖祭頭(いきすさいとう)

鹿島神宮の春のお祭り「祭頭祭」で、神栖市内の地区が当番に選ばれた年には、鹿島神宮に先立って、息栖神社で祭頭囃しを奉納するならわしがあります。
これを「息栖祭頭」といいます(息栖神社 公式サイト)。

白馬祭

公式サイトでは、「神に馬の足音で目覚めさせ、祈願を伝達するための神事」と紹介されています。
総代だけで行われる、静かなお祭りです。

馬の足音で神様を目覚めさせる。
僕の目覚まし時計も、馬の足音にしたら、もう少し厳かに起きられるかもしれません。

古神道的な視点での読み解き

境界を守る神様

主神の久那斗神は、道の分かれ目や村の境を守る「塞(さえ)の神」です。
古事記では、伊邪那岐命が禊の前に投げ捨てた杖から生まれた「衝立船戸神(つきたつふなどのかみ)」にあたるとされます。

「ふなど」は「船門」、つまり船が出入りする港のことで、人の出入りが多い交通の要所で、悪いものの侵入を防ぐ神様だという説があります(國學院大學 神名データベース)。
利根川の河口近く、かつて海だったこの場所に、港の神様・境の神様がお祀りされている。
ぴったりの場所なんですね。

水と井戸の神様

息栖神社の公式サイトでは、久那斗神は井戸の神様でもある、と紹介されています。
海の中から真水を湧き出させた忍潮井は、まさに「海と陸の境目」に生まれた泉です。
潮を押しのけて、清らかな水を守る。
それは、悪いものを押しとどめて、よいものを通す境の神様の働きそのものなのかもしれません。

まこも考察

ここからはまこもの考察です。

息栖神社でいちばん心に残るのは、やっぱり忍潮井の男瓶と女瓶です。

公式サイトには、こんな伝説が書かれています。
息栖神社が日川から今の地へ遷ったとき、取り残された男女二つの瓶は、神様のあとを慕って三日三晩泣き続けた。
そして、とうとう自分の力で川をさかのぼり、一の鳥居の下にぴたりと据わった。
今の地に落ち着いてからも、ときどき日川を恋しがって、二つの瓶は泣いた。

日川には今も、瓶の泣き声をそのまま名前にした「ボウボウ川」、瓶との別れを惜しんで名づけた「瓶立ち川」という地名が残っているそうです。

僕は、この話が大好きです。
神様を慕って泣きながら追いかけてきた瓶が、今度は元いた場所を恋しがって泣く。
新しい場所で役目を果たしながら、ふるさとを忘れない。
その気持ちは、神様の道案内をしてはるばる東国まで来た久那斗神や天鳥船神の気持ちと、どこか重なるような気がします。

道案内の神様は、誰かを目的地に送り届けて、自分はそこに残る神様です。
息栖神社が、鹿島・香取の両神宮より少し控えめに、水辺に静かにたたずんでいるのも、そんな神様たちの神社らしいと思うんです。

伝承・関連する話

【伝承】泣いた瓶

上で紹介した、男瓶・女瓶の伝説です(息栖神社 公式サイト)。
遷座のときに取り残された瓶が、神様を慕って三日三晩泣き、自分で川をさかのぼって一の鳥居の下に据わった。
日川の「ボウボウ川」「瓶立ち川」という地名が、その名残だといわれています。

【伝承】東国三社巡り

江戸時代、利根川の舟運が発達すると、息栖河岸には、東国三社をめぐる人々や、利根川下流の遊覧を楽しむ人々が各地から押し寄せ、たいへんなにぎわいを見せたそうです(息栖神社 公式サイト)。
伊勢参りのあとの「禊の三社参り」。
遠い伊勢まで旅をしてきた人たちが、最後に水辺の三社をめぐって、旅を締めくくったんですね。

東国三社のめぐり方や歴史は、東国三社の記事でまとめて紹介しています。
東国三社の関係は、鹿島神宮の記事でも紹介しています。

周辺が登場する創作作品

公式の情報で確認できた作品がなかったため、ここでは紹介を控えます。

参拝の作法・アクセス・御朱印

※ 以下の情報は、2026年9月25日に息栖神社の公式サイトと神栖市観光協会のページで確認したものです。変更されることがあるので、お出かけの前に公式サイトで最新の情報を確認してください。

参拝のしかた

参拝は、一般的な神社と同じく「二拝二拍手一拝」です。
常陸利根川沿いの一の鳥居と忍潮井から歩き始めると、昔の参拝者と同じ道順でお参りできます。

アクセス

  • 高速バス:JR東京駅八重洲南口から「かしま号」で約1時間30分、「アートホテル鹿島セントラル」下車、タクシーで約5分または徒歩約30分
  • 電車:JR鹿島線「鹿島神宮駅」または「潮来駅」からタクシーで約20分/JR総武線(成田まわり)「小見川駅」からタクシーで約15分
  • 車:東関東自動車道 潮来ICから約15分、佐原・香取ICから約20分
  • 鹿島神宮・香取神宮へは、車でそれぞれ約20分
  • 駐車場:神社脇に駐車場あり。近くに「息栖の森駐車場」(普通車82台、大型バス4台)
息栖神社の地図(Googleマップ)

参拝時間・御朱印

  • 社務所:8:30〜16:00
  • 御朱印の受付:9:00〜16:00(初穂料500円)
  • 御祈祷の受付:9:00〜15:30

お問い合わせ

まとめ

  • 息栖神社は、茨城県神栖市にある、久那斗神を主神とする東国三社の一社です。
  • 相殿には、国譲りで建御雷神と一緒に降りた天鳥船神と、海の神様住吉三神がお祀りされています。
  • 日本書紀では、久那斗神(岐神)が経津主神の道案内をつとめたとされ、道・交通・海を守る神様が集まる神社です。
  • 一の鳥居の両脇の忍潮井は日本三霊泉の一つで、男瓶・女瓶が神様を慕って泣いたという伝説が残ります。
  • 江戸時代には、伊勢参りのあとの「下三宮巡り」として、鹿島・香取とともに多くの人がお参りしました。

誰かを目的地まで導いて、自分は静かにそこに残る。
息栖神社は、そんなやさしい道案内の神様たちが、水辺で私たちを見守ってくれている神社なんですよね。

よくある質問(FAQ)

Q. 東国三社とは何ですか?
A. 茨城県の鹿島神宮・息栖神社と、千葉県の香取神宮の三社のことです。江戸時代には、伊勢参りのあとに三社をめぐる「下三宮巡り」が盛んに行われました。

Q. 息栖神社の御祭神は、どんな神様ですか?
A. 主神は久那斗神で、道の境を守り、悪いものを防ぐ神様です。相殿には、船の神様である天乃鳥船神と、海の神様である住吉三神がお祀りされています。交通安全や海上安全の神様として信仰されています。

Q. 忍潮井の水は飲めますか?
A. 今は、忍潮井の水を直接飲むことはできません。境内の手水舎の奥にある湧き水が忍潮井と同じ清水で、お水取りができるそうです。

Q. 「いきす」という名前は、どこから来たのですか?
A. 平安時代の『日本三代実録』に見える「於岐都説神」が息栖神社にあたるとされ、「沖洲(おきつす)」が「息栖」になったと考えられています。ほかの説もあります。

この記事は、古事記・日本書紀などの原典や、ネット上の資料を参考にまとめ、まこもが考察を加えたものです。考察の部分は「まこも考察」として書き分けています。

出典・参考文献

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