関東に氷川神社が多いのはなぜ?約280社の広がりと、見沼をかこむ「氷川三社」の信仰

この記事は約6分で読めます。

この記事で分かること
東京や埼玉を歩いていると、あちこちで「氷川神社」という名前の神社に出会います。

なぜ関東には、こんなにたくさんの氷川神社があるのでしょうか。
川にそって広がる氷川神社の分布と、大宮の見沼をかこむ三つの神社の信仰を、史料と伝承に分けてお話しします。

氷川信仰を一言でいうと

大宮の武蔵一宮 氷川神社を中心に、荒川の流れにそって広がった、出雲の神様の信仰です。

御祭神は、須佐之男命や稲田姫命など、出雲神話の神様たち。
関東の川と水の暮らしの中で、出雲の神様が大切にお祀りされてきたんです。

約280社の氷川神社

武蔵一宮 氷川神社の公式サイトによると、埼玉県・東京都・神奈川県には、約280社の氷川神社の関連社があります。

その中心が、さいたま市大宮区の武蔵一宮 氷川神社です。
「大宮」という地名も、この神社に由来するといわれています。

武蔵一宮 氷川神社については、氷川神社の記事で紹介しています。

川がつくった「神様の地図」【研究から】

荒川流域に集まる氷川神社

国土交通省関東地方整備局の資料によると、氷川神社は、東京都と埼玉県の荒川の流域、とくに元荒川と多摩川のあいだに広く分布しています。

香取神社・久伊豆神社との境界

同じ資料によると、関東の東側には、ちがう神様の神社が広がっています。

神社主に分布する地域
氷川神社荒川流域(元荒川と多摩川のあいだ)
久伊豆神社(ひさいずじんじゃ)元荒川と利根川のあいだ
香取神社利根川流域

元荒川をはさんで、右岸(西側)には氷川神社、左岸(東側)には久伊豆神社が分布し、さらに東の利根川流域には香取神社が広がっている、というのです。

昔は、川で区切られた地域ごとに信仰の範囲がちがい、神社がまとまって分布していたと考えられています。
地図の上に神社をならべてみると、川が「神様の国境」になっているように見えるんですね。

香取神社の総本社・香取神宮については、香取神宮の記事で紹介しています。

見沼をかこむ「氷川三社」

見沼とは

大宮の東には、かつて「見沼(みぬま)」と呼ばれる大きな沼が広がっていました。
旅行読売によると、江戸時代のはじめ、徳川家康の命による利根川・荒川の流れの付け替えで農業用水が足りなくなり、寛永6年(1629年)に八丁堤を築いて「見沼溜井(みぬまためい)」がつくられました。
その後、江戸時代の中ごろからは、新田開発によって田んぼへと姿を変えていきます。

三つの神社

見沼のまわりには、氷川信仰とかかわりの深い三つの神社があります。

  • 武蔵一宮 氷川神社(さいたま市大宮区):須佐之男命・稲田姫命・大己貴命
  • 氷川女體神社(ひかわにょたいじんじゃ)(さいたま市緑区宮本):奇稲田姫命(稲田姫命)
  • 中山神社(さいたま市見沼区中川)

見沼を囲むように、夫の神様(須佐之男命)、妻の神様(稲田姫命)の神社が向かい合っている、という見方があります。
中山神社は、二つの神社のあいだに位置することから「中氷川(なかひかわ)」とも呼ばれてきたといわれます(諸説あり)。

稲田姫命については、稲田姫命の記事で紹介しています。

見沼の竜神の祭り

旅行情報サイトなどによると、毎年5月4日には、さいたま市緑区の氷川女體神社と国昌寺のあいだで「竜神祭(りゅうじんまつり)」が行われます。
神社やお寺ではなく、地域の住民が中心になって続けているお祭りだそうです。
見沼の竜神にまつわる伝承を、今に伝えるお祭りだといわれます。

附島氷川女体神社

旅行読売によると、見沼溜井をつくったときに水没した三室村の氷川女体神社のかわりとして、八丁堤の上に附島(つけじま)の氷川女体神社がつくられました。
「附島」という村の名前は、今はこの神社にだけ残っているそうです。

古神道的な読み解き

水の信仰と出雲の神様

氷川神社は、湧き水や沼、川と深く結びついた神社です。
社名の「氷川」は、出雲の斐伊川にちなむとも、この地の湧き水にちなむともいわれます。

八岐大蛇を退治した須佐之男命は、暴れる川を治め、田んぼを守る神様としても読まれてきました。
荒川や見沼の水とともに暮らした関東の人々が、須佐之男命と稲田姫命をお祀りしてきたのは、とても自然なことだったのかもしれません。

八岐大蛇と川の関係については、八岐大蛇の記事で紹介しています。

まこも考察

ここからはまこもの考察です。

氷川信仰を調べていて、僕がいちばんおもしろいと思ったのは、川が神様の「国境」になっていた、ということです。

川の西には氷川神社、東には久伊豆神社、さらにその東には香取神社。
地図の上では目に見えない線が、神社の名前によってくっきりと浮かびあがります。

昔の人々にとって、川は暮らしを分けるものであり、同時につなぐものでもありました。
同じ川の水を使い、同じ川の洪水に悩む人々が、同じ神様をお祀りする。
神社の分布は、川とともに生きた人々の「仲間の地図」だったのだと思います。

ちなみに僕は、地図を見るのが好きなのに方向音痴なので、神社の分布図を片手に歩いたら、たぶん三つの神様の国を全部さまよってしまいます。

噂・都市伝説【噂・俗説】

ここでは、出典を確かめきれない話を紹介します。

【噂・俗説】氷川三社は一直線に並んでいる?

大宮の氷川神社、氷川女體神社、中山神社が一直線に並び、夏至や冬至の太陽の通り道と重なっている、という話を見かけることがあります。
けれども、確かな資料は確認できませんでした。
地図で確かめてみるのも、楽しいかもしれませんね。

氷川信仰が登場する作品

公式の情報で確認できた作品がなかったため、ここでは紹介を控えます。

まとめ

  • 埼玉県・東京都・神奈川県には、武蔵一宮 氷川神社の関連社が約280社あります。
  • 氷川神社は荒川流域(元荒川と多摩川のあいだ)に集まり、東側の久伊豆神社・香取神社と、川を境に分布が分かれています。
  • 見沼のまわりには、氷川神社・氷川女體神社・中山神社の三社があり、夫婦の神様が見沼をはさんで向かい合うという見方があります。
  • 見沼は江戸時代に見沼溜井となり、やがて田んぼへと姿を変えました。

川とともに暮らした人々が、出雲の神様を迎えて広げていった信仰。
関東の氷川神社は、水と人の暮らしの歴史を今に伝えています。

よくある質問(FAQ)

Q. なぜ関東には氷川神社が多いのですか?
A. 武蔵一宮 氷川神社を中心に、荒川流域の人々のあいだで信仰が広がったからだと考えられています。

Q. 氷川神社の御祭神は誰ですか?
A. 武蔵一宮 氷川神社では、須佐之男命・稲田姫命・大己貴命の三柱です。各地の氷川神社でも、須佐之男命を中心にお祀りしているところが多いです。

この記事は、古事記・日本書紀などの原典や、ネット上の資料を参考にまとめ、まこもが考察を加えたものです。考察の部分は「まこも考察」として書き分けています。

出典・参考文献

コメント

タイトルとURLをコピーしました