この記事で分かること
須我神社(すがじんじゃ)は、島根県雲南市大東町須賀にある神社です。
八岐大蛇を退治した須佐之男命が、稲田姫命と初めて宮をつくった場所と伝えられ、「日本初之宮(にほんはつのみや)」と呼ばれています。
古事記の物語と、和歌発祥の地といわれる理由、山の上の奥宮まで、史料と伝承に分けてお話しします。
須我神社を一言でいうと
大蛇退治を終えた須佐之男命が、「すがすがしい」と言って新しい暮らしを始めた、夫婦の神様の最初のお宮です。
日本で最初の和歌がここで詠まれた、とも伝えられています。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 須我神社(すがじんじゃ) |
| 所在地 | 島根県雲南市大東町須賀260 |
| 御祭神 | 素戔嗚尊(須佐之男命)・稲田姫命 |
| 呼ばれ方 | 日本初之宮、和歌発祥の地 |
| 奥宮 | 山腹の夫婦岩(磐座) |
※ 所在地・御祭神・由緒は、2026年10月1日に旅行読売のページで確認しました。
御祭神【史料】
八岐大蛇から救われた稲田姫命と、大蛇を退治した須佐之男命。
二柱が夫婦として最初に暮らした場所が、須我神社だと伝えられているんですね。
八岐大蛇の物語は、八岐大蛇の記事で紹介しています。
由緒と歴史【史料と伝承】
「すがすがしい」から須賀へ
古事記では、大蛇を退治した須佐之男命は、稲田姫命と暮らす宮をつくる場所を探して出雲の国をめぐりました。
そして須賀の地に着いたとき、「吾此地に来て、我が御心すがすがし(私はここに来て、心がすがすがしい)」と言い、ここに宮をつくったと書かれています。
それで、この地を今も「須賀」というのだ、と古事記は伝えています。
地名そのものが、神様の気持ちから生まれたんです。
日本初之宮
旅行読売によると、境内には「日本初之宮」の碑が立っています。
須佐之男命と稲田姫命が初めて宮をつくった場所であることから、こう呼ばれています。
八雲立つ、和歌発祥の地
古事記では、宮をつくったとき、その地から雲が立ちのぼり、須佐之男命はこう歌いました。
八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を
読みやすくしてみると、「幾重にも雲がわき立つ出雲の地に、妻を住まわせるために幾重もの垣をつくる。その幾重もの垣よ」。
この歌は日本で最初の和歌といわれ、須我神社は「和歌発祥の地」ともいわれています(旅行読売)。
境内の見どころ
本殿
須佐之男命と稲田姫命をお祀りする本殿です。
夫婦円満、子授け、安産、除災、招福などを願って参拝する人が多いと紹介されています(旅行読売)。
奥宮・夫婦岩
旅行読売によると、神社の山腹には大・中・小の三つの巨石(夫婦岩)があり、古代の社地だったと考えられています。
今は須我神社の奥宮としてお祀りされています。
社殿ができる前、人々は大きな岩そのものに神様を感じてお祀りしていました。
奥宮の夫婦岩は、その古い神まつりの姿を今に伝えています。
磐座(いわくら)の信仰については、神体山と磐座の記事で紹介しています。
古神道的な視点での読み解き
「すがすがしい」という言葉
須佐之男命は、高天原で乱暴をはたらき、追放された神様でした。
その須佐之男命が、大蛇を退治し、稲田姫命と出会って、ようやく「すがすがしい」と感じた場所。
須我神社は、荒ぶる神様の心が、初めて晴れわたった場所なのかもしれません。
まこも考察
ここからはまこもの考察です。
須我神社を調べていて、僕がいちばん心をひかれたのは、地名が神様の「気持ち」から生まれた、ということです。
「すがすがしい」。
大きな仕事を終え、大切な人と出会い、新しい暮らしを始める場所に立ったときの気持ちです。
その気持ちが土地の名前になり、千年以上たった今も、人々がその名前を呼び続けている。
神社にお参りしたあと、なんだか心が軽くなることがありますよね。
その感覚にいちばん最初に名前をつけたのが、須佐之男命だったのかもしれません。
ちなみに僕は、部屋の片づけを終えたときくらいしか「すがすがしい」と感じないのですが、その回数をもう少し増やしたいところです。
須我神社が登場する作品
公式の情報で確認できた作品がなかったため、ここでは紹介を控えます。
参拝の作法・アクセス
※ 以下の情報は、2026年10月1日に旅行読売のページで確認したものです。お出かけの前に最新の情報を確認してください。
参拝の作法
一般的な神社と同じく、「二拝二拍手一拝」でお参りします。
時間があれば、山腹の奥宮にも足をのばしてみてください。
アクセス
- バス:JR松江駅から一畑バス大東行きで「須我」下車、徒歩約3分
- 駐車場:30台(無料)
あわせて、八重垣神社の記事もどうぞ。
まとめ
- 須我神社は、島根県雲南市にある神社で、須佐之男命と稲田姫命をお祀りしています。
- 二柱が初めて宮をつくった場所と伝わり、「日本初之宮」と呼ばれています。
- 須佐之男命の「すがすがし」という言葉が、須賀という地名の由来と古事記は伝えています。
- 日本で最初の和歌「八雲立つ」が詠まれた、和歌発祥の地ともいわれます。
- 山腹には、古代の社地だった奥宮の夫婦岩があります。
荒ぶる神様の心が晴れわたった、すがすがしい場所。
須我神社は、夫婦の神様の新しい暮らしの始まりを今に伝える神社です。
よくある質問(FAQ)
Q. 須我神社と八重垣神社はどんな関係ですか?
A. どちらも須佐之男命と稲田姫命をお祀りし、須賀の宮の伝承と結びついた神社です。八重垣神社の由緒でも、二柱が須賀に新居を構えたことが語られています。
Q. 「日本初之宮」とはどういう意味ですか?
A. 須佐之男命と稲田姫命が、日本で初めて宮をつくった場所という意味です。
この記事は、古事記・日本書紀などの原典や、ネット上の資料を参考にまとめ、まこもが考察を加えたものです。考察の部分は「まこも考察」として書き分けています。
出典・参考文献
- 『古事記』上巻(須賀の宮)
- 旅行読売「須我神社」 https://tabi-mag.jp/sm0325


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