この記事で分かること
古事記(こじき)と日本書紀(にほんしょき)は、どちらも奈良時代のはじめにまとめられた、神話から始まる歴史書です。
二つをあわせて「記紀(きき)」と呼びますが、実は書き方も、神話の中身も、ずいぶん違っています。
その違いを、7つのポイントに分けて、一覧表でお話しします。
古事記と日本書紀を一言でいうと
古事記は、稗田阿礼(ひえだのあれ)が語った伝えを、太安万侶(おおのやすまろ)が日本語の響きを生かして書きとめた「一本の物語」です。
日本書紀は、舎人親王(とねりしんのう)らが、たくさんの記録や伝えを集めて、中国の歴史書にならってまとめた「国の公式な歴史書」です。
同じ旅行の思い出でも、友だちと話してみると、覚えている場面も順番もまるで違っていることがありますよね。
僕はたいてい、何を食べたかしか覚えていないのですが……。
古事記と日本書紀の違いも、少しそれに似ているのかもしれません。
まずは一覧表で比べてみよう
| ポイント | 古事記 | 日本書紀 |
|---|---|---|
| ① 成立 | 和銅5年(712年) | 養老4年(720年) |
| ① まとめた人 | 太安万侶(稗田阿礼の語りをもとに) | 舎人親王ら |
| ① 範囲 | 天地のはじまり〜推古天皇 | 天地のはじまり〜持統天皇 |
| ② 巻数 | 3巻 | 30巻(系図1巻は失われた) |
| ② 神話の分量 | 3巻のうち1巻(上巻) | 30巻のうち2巻(神代上・下) |
| ③ 文体 | 日本語の語りを漢字の音と訓で写した文 | 中国の正史にならった漢文 |
| ④ 書き方 | はじめから終わりまで一本の物語 | 年月日順の記録(編年体)。神代は本文と「一書」 |
| ⑤ 神様の呼び方 | ほとんど「命(みこと)」 | 最も貴い神は「尊(みこと)」、ほかは「命」 |
| ⑥ 神話の特徴 | 出雲の神話や歌が豊か | 多くの異伝を並べる。出雲の神話は少なめ |
| ⑦ 位置づけ | 天皇に献上された書 | 国の正式な歴史書(正史)。宮中で講義された |
ここから、一つずつ見ていきましょう。
① 成立の時期と範囲
どちらも、天武天皇の時代に始まった「正しい歴史を残そう」という事業から生まれたとされています。
古事記の序文には、天武天皇が「諸家に伝わる帝紀と旧辞には偽りが多い」と考え、稗田阿礼に誦み習わせたことが書かれています。
日本書紀には、天武天皇10年(681年)に、川嶋皇子らに「帝紀と上古の諸事」を記し定めさせたことが書かれています。
完成したのは、古事記が和銅5年(712年)、日本書紀が養老4年(720年)。
その差は、わずか8年です。
終わりの時代も違います。
古事記は推古天皇まで、日本書紀は、編さんの時代に近い持統天皇まで記しています。
② 巻数と神話の分量
古事記は全3巻、日本書紀は全30巻です。
古事記は、3巻のうち上巻がまるごと神話で、全体の3分の1が神様の時代の話です。
日本書紀は、30巻のうち神話は最初の2巻だけで、残りのほとんどが天皇の時代の記録です。
神話を知りたいなら古事記、天皇の時代の歴史を知りたいなら日本書紀、とよく言われるのは、この分量の違いがあるからなんです。
③ 文体:日本語の響きか、漢文か
古事記が作られたころ、日本にはまだひらがなもカタカナもありませんでした。
太安万侶は、序文で「漢字の意味だけで書くと、言葉が心に追いつかない(詞不逮心)」と苦労を語りながら、漢字の音と意味を組み合わせて、日本語の語りをなんとか写し取ろうとしました。
一方、日本書紀は、中国の正式な歴史書と同じ漢文で書かれています。
冒頭の「古、天地未剖、陰陽不分、渾沌如鶏子(昔、天と地がまだ分かれず、鶏の卵のようにどろどろとしていた)」という書き出しは、中国の古典の表現をもとにしているとされます。
| 古事記 | 日本書紀 | |
|---|---|---|
| 書き出し | 天地初發之時(天と地がはじめてひらけたとき) | 古、天地未剖(昔、天と地がまだ分かれていなかったとき) |
| 最初に現れる神 | 天之御中主神 | 国常立尊(本文) |
④ 書き方:一本の物語か、たくさんの伝えか
古事記は、天地のはじまりから推古天皇まで、一つの流れの物語として語られます。
日本書紀は、天皇の時代については「〇〇天皇の何年何月何日」と年月日の順に記録する「編年体」で書かれています。
そして神代の巻では、本文のあとに「一書曰(あるふみにいわく)」として、別の伝えをいくつも並べています。
たとえば、天地のはじまりを語る第一段だけでも、本文のあとに6つの一書が並んでいます。
一つの正解に決めずに、いろいろな伝えを記録として残しているんです。
⑤ 神様の呼び方と書き方
日本書紀の第一段には、「至貴曰尊、自餘曰命(最も貴い神は『尊』と書き、それ以外は『命』と書く)」という決まりが書かれています。
そのため日本書紀では、伊弉諾尊・素戔嗚尊のように、大切な神様に「尊」の字が使われています。
古事記では、ほとんどの神様が「命」で書かれています。
神様の名前の漢字も、二つの書物でずいぶん違います。
| 古事記 | 日本書紀 |
|---|---|
| 伊邪那岐命・伊邪那美命 | 伊弉諾尊・伊弉冉尊 |
| 天照大御神 | 天照大神・大日孁貴 |
| 須佐之男命 | 素戔嗚尊 |
| 大国主神・大穴牟遅神 | 大己貴命 |
| 八俣遠呂智 | 八岐大蛇 |
| 木花之佐久夜毘売 | 木花開耶姫・鹿葦津姫 |
私たちがよく目にする「八岐大蛇」は、実は日本書紀の書き方なんです。
⑥ 神話の中身の違い
ここがいちばん面白いところです。
同じ神様、同じ場面なのに、古事記と日本書紀で話が違っていることがたくさんあります。
この連載の神様図鑑で紹介してきた例を、表にまとめてみました。
| 場面 | 古事記 | 日本書紀 | くわしい記事 |
|---|---|---|---|
| 最初に現れる神 | 天之御中主神 | 本文では国常立尊。天御中主尊は一書第四にだけ出る | 天之御中主神 |
| 天孫降臨を命じる神 | 天照大御神と高木神(高御産巣日神) | 本文では高皇産霊尊だけ。一書によって天照大神だけ、二柱などさまざま | 造化三神 |
| 伊邪那美命の死 | 火の神を生んで亡くなり、黄泉の国へ | 本文では亡くならない。死と黄泉の国の話は一書だけ | 伊邪那美命 |
| 三貴子の生まれ方 | 伊邪那岐命の禊で、左目・右目・鼻から | 本文では伊弉諾尊・伊弉冉尊の二柱が一緒に生む | 伊邪那岐命 |
| 最後に鎮まる場所(伊邪那岐命) | 淡海(近江)の多賀 | 淡路の幽宮。天の日の少宮とする伝えも | 伊邪那岐命 |
| 食べ物の神様を斬る神 | 須佐之男命が大宜都比売神を斬る | 一書第十一では月夜見尊が保食神を斬り、昼と夜が分かれる | 月読命 |
| 須佐之男命の描かれ方 | 荒ぶる神から出雲の英雄へ | 本文では、はっきり「悪い神」。一書では新羅に降りる話や、ひげから杉を生む話も | 須佐之男命 |
| 因幡の白兎・根の堅州国 | 大国主神の若いころの物語として語られる | 出てこない | 大国主命 |
| 大国主命が国を譲ったあと | 出雲に天の御舎(出雲大社)を造ってもらい、隠れる | 一書第二で「目に見える世界は皇孫が、私は目に見えない世界(幽事)を治める」と答える | 大国主命 |
| 猿田毘古神の姿 | 上は高天原、下は地上を照らす神 | 鼻が七咫、目が八咫鏡のように輝く衢の神 | 猿田毘古神 |
| 石長比売と命の短さ | 天皇の寿命が短くなった起源 | 一書第二で、この世の人々の命が短くなった起源 | 木花之佐久夜毘売 |
こうして並べてみると、日本書紀の「本文」と古事記がかなり違っていて、日本書紀の「一書」のほうに古事記に近い話が残っている、ということがよくあります。
たとえば、伊邪那美命が亡くなって黄泉の国へ行く話は、古事記と日本書紀の一書第六にはありますが、日本書紀の本文にはありません。
また、古事記には、因幡の白兎、根の堅州国での試練、八千矛神の恋の歌など、出雲を舞台にした大国主神の物語がたくさん入っています。
古事記の神話のうち、出雲に関わるものはおよそ3分の1をしめるといわれ、日本書紀の本文とはっきり違うところです。
⑦ 位置づけと目的
古事記は、太安万侶が元明天皇に献上した書物です。
日本書紀は、国の正式な歴史書「正史」として作られ、このあと続く「六国史(りっこくし)」の最初の一冊になりました。
日本書紀は、完成した翌年の養老5年(721年)から平安時代の半ばまで、宮中でくり返し講義されました(日本紀講筵)。
一方、古事記は、国の公式な記録『続日本紀』にも完成したことが書かれておらず、日本書紀も古事記について何も触れていません。
どうして同じ時期に、二つの歴史書が作られたのか。
これには、次のようないくつかの見方があります。
- 古事記は天皇家の由来を語る「内向き」の書、日本書紀は中国などに示す「外向き」の正史だったのではないか
- 古事記は日本語の語りを大切にした書、日本書紀は漢文で国家の記録を整えた書だったのではないか
- 二つは別々の目的で、別々の人たちの手で作られたのではないか
ただ、どれもはっきりした記録があるわけではなく、今も研究が続いています。
評価の移り変わり
長いあいだ、正式な歴史書として重んじられてきたのは日本書紀でした。
江戸時代になって、国学者の本居宣長が、35年をかけて『古事記伝』を書き上げます。
宣長は、漢文で整えられた日本書紀には「漢意(からごころ)」、つまり中国風の理屈や飾りが入り込んでいると考え、日本の古い言葉と心を伝える古事記をより重く見ました。
この宣長の研究をきっかけに、古事記が広く読まれるようになり、今では神話といえば古事記、というイメージが強くなっています。
古史古伝での扱い
古事記・日本書紀とは別系統の伝承として、「古史古伝」と呼ばれる文書群があります。
ホツマツタヱ(秀真伝)や竹内文書などです。
これらの中には、記紀と似た神話を持ちながら、神様を人間の君主として描いたり、記紀とはまったく違う系譜を語ったりするものがあります。
また、「記紀よりも古い、本当の歴史を伝えている」と主張するものもあります。
ただ、多くは江戸時代以降に成立したとみられていて、成立や真偽をめぐって論争があり、偽書とする見方が有力です。
記紀と読み比べる材料として、「こう記されている」という紹介にとどめるのがよいでしょう。
解釈のポイント
① 「どちらが正しいか」ではなく「どう違うか」を見る
古事記と日本書紀の話が違うとき、「どちらかが間違っている」と考える必要はありません。
それぞれの書物が、どんな伝えを選び、どんな順番で、どんな言葉で語ったのか。
その違いに、作った人たちの考えや、もとになった伝えの多さが表れています。
② 日本書紀は「本文」と「一書」の両方を見る
日本書紀の神代の巻を読むときは、本文だけでなく一書も見るのが大切です。
古事記と同じ話が、日本書紀では本文ではなく一書のほうに残っていることがよくあります。
③ 風土記や祝詞も読み比べる
記紀のほかにも、奈良時代にまとめられた各地の「風土記(ふどき)」や、神社で唱えられる「祝詞(のりと)」にも、神様の姿が残っています。
たとえば出雲国風土記では、大国主命は「国を譲った神」ではなく「天の下を造った大神」と呼ばれています。
三つ、四つと読み比べると、神様の姿はさらに立体的に見えてきます。
まこも考察
ここからはまこもの考察です。
古事記と日本書紀を読み比べていると、僕は、同じ神社を別々の方角から撮った二枚の写真を見ているような気持ちになります。
古事記は、参道の正面から、鳥居と拝殿がまっすぐ並ぶように撮った一枚。
流れがあって、物語として心にすっと入ってきます。
日本書紀は、境内を上から撮った一枚に、あちこちの摂社や末社、裏参道まで書き込んだ地図のようなもの。
全体の広がりや、いくつもの道があることが分かります。
どちらか一枚だけでは、その神社の本当の姿は分かりません。
二枚を重ねてみて、初めて「ここはこうなっていたのか」と見えてくることがある。
古神道では、神様は一つの姿に決めつけられるものではなく、土地ごと、人ごとに、いろいろな姿で現れると考えます。
記紀の違いは、矛盾ではなく、神様の多くの姿をそのまま残してくれた「恵み」なのではないか。
僕はそう感じています。
両方を読むと、楽しさも二倍になります。読む時間も二倍かかりますが……。
関連する神様・記事
このブログの神様図鑑では、どの記事でも、古事記と日本書紀の違いを紹介しています。
気になる神様から読んでみてください。
- 天之御中主神:日本書紀の本文には出てこない、古事記の最初の神様
- 造化三神:天孫降臨を命じる神様が、書物によって違う
- 伊邪那岐命・伊邪那美命:日本書紀の本文では、伊弉冉尊は亡くならない
- 天照大御神:日本書紀の「天壌無窮」「宝鏡奉斎」の言葉
- 須佐之男命:日本書紀では、新羅に降りる話や、ひげから杉を生む話も
- 大国主命:因幡の白兎は古事記だけ。「幽事」は日本書紀だけ
- 月読命:古事記ではほとんど語られず、日本書紀で昼と夜が分かれる話
- 猿田毘古神:姿の描き方がまるで違う
- 木花之佐久夜毘売:命が短くなったのは、天皇か、すべての人か
まとめ
- 古事記(712年)と日本書紀(720年)は、わずか8年違いでまとめられた、神話から始まる二つの歴史書です。
- 古事記は3巻・日本語の語りを写した文・一本の物語。日本書紀は30巻・漢文・編年体と一書。
- 神話の分量は、古事記が3分の1、日本書紀は30巻のうち2巻です。
- 同じ場面でも、最初の神、伊邪那美命の死、三貴子の生まれ方、天孫降臨の司令役など、中身が違うところがたくさんあります。
- 違いは「どちらかが間違い」ではなく、たくさんの伝えがあったことのしるし。読み比べることで、神様の姿がより豊かに見えてきます。
一本の物語と、たくさんの伝え。
二つがそろっているからこそ、日本の神話は奥深いんですよね。
よくある質問(FAQ)
Q. 古事記と日本書紀、どちらが正しいのですか?
A. どちらが正しい、というものではありません。二つの書物は、目的も書き方も違います。違いがあることで、当時たくさんの伝えがあったことや、それぞれの書物を作った人たちの考え方が見えてきます。
Q. 初めて読むなら、どちらがおすすめですか?
A. 神話を物語として楽しみたいなら、古事記がおすすめです。一本の流れで読めて、歌や会話も豊かです。慣れてきたら、日本書紀の一書と読み比べると、同じ神様の違う姿が見えてきて面白いですよ。
Q. 「記紀」とは何ですか?
A. 古事記の「記」と、日本書紀の「紀」をあわせた呼び方です。二つの書物をまとめて「記紀」、その神話を「記紀神話」と呼びます。
Q. なぜ同じ時期に、二つの歴史書が作られたのですか?
A. はっきりした理由は分かっていません。「古事記は内向き、日本書紀は外向き」「古事記は日本語の語りを大切にした書、日本書紀は漢文で国の記録を整えた正史」など、いくつかの見方があり、今も研究が続いています。
この記事は、古事記・日本書紀などの原典や、ネット上の資料を参考にまとめ、まこもが考察を加えたものです。考察の部分は「まこも考察」として書き分けています。
出典・参考文献
- 『古事記』序・上巻 原文
- 『日本書紀』巻第一・巻第二 神代上下、巻第二十九 天武天皇十年三月 原文
- 『続日本紀』養老四年五月
- 國學院大學 古典文化学事業「古事記ビューアー」 https://kojiki.kokugakuin.ac.jp/
- 国立公文書館「歴史と物語:日本書紀」 https://www.archives.go.jp/exhibition/digital/rekishitomonogatari/contents/02.html
- しまね観光ナビ「古事記と日本書紀」 https://www.kankou-shimane.com/shinwa/kiso/nihonshoki/index.html
- 白兎神社「因幡の白兎について」 https://hakutojinja.jp/mythology/
- 国文学研究資料館「古典に親しむ『古事記歌』」 https://www.nijl.ac.jp/koten/kokubun1000/1000iwata.html
- Wikipedia「漢意」 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BC%A2%E6%84%8F

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