この記事で分かること
役小角(えんのおづの)は、「役行者(えんのぎょうじゃ)」とも呼ばれる、修験道(しゅげんどう)の開祖とされる人物です。
奈良時代の国の歴史書に記録が残る実在の人物でありながら、鬼を従え、空を飛び、神様さえ縛ったという、たくさんの伝説に包まれています。
「記録に残る役小角」と「伝説の役小角」を分けて、その姿をたどってみます。
役小角を一言でいうと
飛鳥時代から奈良時代のはじめにかけて、奈良県の葛城山(かつらぎさん)で修行した呪術者で、山で修行して不思議な力を得る「修験道」の開祖とされる人物です。
文武天皇3年(699年)に伊豆へ流されたことが、国の歴史書『続日本紀(しょくにほんぎ)』に記されています。
そして後の時代になると、鬼を従えて山に橋を架けようとした、富士山に初めて登った、などの伝説がどんどん生まれていきました。
東京・南千住の素盞雄神社を開いた黒珍(こくちん)も、この役小角の高弟と伝えられています。
全国の山や神社に、役小角ゆかりの伝承が残っているんですよね。
名前と呼び名
| 呼び名 | 読み | 意味・由来 |
|---|---|---|
| 役小角 | えんのおづの(おづぬ) | 本名とされる名前。「役(えん)」は氏の名 |
| 役君小角 | えのきみおづの | 『続日本紀』での書き方。「君」は姓(かばね) |
| 役優婆塞 | えんのうばそく | 『日本霊異記』での呼び方。「優婆塞」は出家していない仏教の信者 |
| 役行者 | えんのぎょうじゃ | 山で修行する「行者」としての呼び名。いちばんよく使われる |
| 神変大菩薩 | じんぺんだいぼさつ | 寛政11年(1799年)に光格天皇から贈られた諡(おくりな) |
同じ人なのに、時代や書物によって呼び方がこれだけ違います。
僕もあだ名が三つくらいありますが、さすがに天皇から名前を贈られたことはありません。
プロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 生まれ | 大和国葛木上郡茅原村(今の奈良県御所市茅原)とされる |
| 生没年 | 634年〜701年とするのが通説(伝承による) |
| 出身氏族 | 賀茂役公(かものえのきみ)。葛城の鴨氏と関わりがあるとされる |
| 修行の場 | 葛城山、金峯山(きんぷせん)・大峰山など |
| 伊豆への配流 | 文武天皇3年(699年)『続日本紀』 |
| 従者(伝説) | 前鬼(ぜんき)・後鬼(ごき) |
| 諡号 | 神変大菩薩(1799年、光格天皇より) |
記録に残る役小角【史料】
『続日本紀』の記事
役小角が実在の人物だったことを示すいちばん古い記録が、国の正史『続日本紀』の文武天皇3年(699年)5月の記事です。
その内容を、自分の言葉でまとめると次のようになります。
- 役君小角を伊豆嶋に流した
- 小角は、はじめ葛城山に住み、呪術で知られていた
- 弟子の韓国連広足(からくにのむらじひろたり)は、小角の能力をねたみ、「人々を妖しい術で惑わしている」と訴えた
- 世間では、「小角は鬼神を使って水を汲ませ、薪を採らせ、命令に従わなければ呪術で縛った」と言い伝えている
つまり、国の記録の時点ですでに、「鬼神を使う人」という噂が広まっていたことが分かります。
実際の役小角がどんな人だったのかについて、確かな記録はこの記事くらいしかありません。
ここから先の多くは、後の時代に語られた伝説です。
伝説の役小角【伝承】
『日本霊異記』:鬼神を使い、空を飛ぶ
平安時代のはじめ(9世紀前半)にまとめられた仏教説話集『日本霊異記』の上巻第二十八には、役優婆塞の物語が書かれています。
- 大和国葛木上郡茅原村の人で、賀茂役公の出身
- 孔雀王(くじゃくおう)の呪法を修めて、不思議な力を得た
- 鬼神を自由に使い、葛城山と吉野の金峯山のあいだに橋を架けさせようとした
- 葛城山の一言主大神が人に乗り移って「役優婆塞は天皇の位を奪おうとしている」と訴え、伊豆に流された
- 伊豆では、昼は命令に従って島にいたが、夜になると海の上を歩き、空を飛んで富士山へ行き、修行をした
- 大宝元年(701年)正月に許されて都の近くに戻ると、仙人となって天に飛び去った
- 一言主大神は役優婆塞に縛られ、今もその縛めが解けていない
さらに、唐に渡って学んだ僧・道照(どうしょう)法師が、新羅の国の山で、五百匹の虎に請われて法華経を講じたとき、虎たちの中に日本の言葉で質問する者がいて、名を尋ねると「役優婆塞」と答えた、という不思議な話も書かれています。
続日本紀では、役小角を訴えたのは弟子の韓国連広足でした。
それが日本霊異記では、葛城の神様・一言主大神になっています。
記録が、伝説へと姿を変えていく様子がよく分かりますね。
くわしくは一言主神の記事で紹介しています。
前鬼と後鬼
役小角の伝説に欠かせないのが、二匹の鬼、前鬼(ぜんき)と後鬼(ごき)です。
もとは生駒山で人々に悪さをしていた夫婦の鬼でしたが、役小角にいさめられて改心し、従者になったと伝えられています。
斧を持った赤鬼の前鬼が役小角の前を、水瓶を持った青鬼の後鬼が後ろを歩いた、といわれます【伝承】。
奈良県下北山村の「前鬼(ぜんき)」の里には、前鬼・後鬼の子孫が修験者のための宿坊を開いたという伝承があり、今もその子孫とされる家の宿坊が続いています【伝承】。
金剛蔵王権現を感得する
奈良県吉野の金峯山寺(きんぷせんじ)には、役小角が金峯山の山上ヶ岳で一千日の修行をした末に、金剛蔵王権現(こんごうざおうごんげん)という仏を感得(祈りの中で姿を見ること)し、その姿を山桜の木に刻んでお祀りしたのが始まり、という伝えがあります【伝承】。
蔵王権現は、修験道の御本尊とされています。
吉野の山桜が「ご神木」として大切にされてきたのは、この伝承とも関わっているといわれます。
富士山に初めて登った人
日本霊異記の、伊豆から夜な夜な富士山へ通ったという話から、役小角は「富士山に初めて登った人」の一人としても語られるようになりました【伝承】。
富士山にまつわる信仰の歴史をたどると、あちこちで役小角の名前に出会います。
江戸時代に町の中に作られた「小さな富士山」については、富士塚の記事で紹介しています。
ゆかりの地
吉祥草寺(奈良県御所市茅原)
役小角の生誕地とされるお寺です。
役小角が開いたと伝えられ、この地に吉祥草(きちじょうそう)という草を用いて庵を結んだことが、お寺の名前の由来とされています。
日本遺産「葛城修験」の構成文化財にもなっています。
金峯山寺(奈良県吉野郡吉野町)
金峯山修験本宗の総本山で、役小角が感得したとされる金剛蔵王権現をご本尊としています。
蔵王堂は、世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部です。
葛城一言主神社(奈良県御所市)
役小角が修行した葛城山のふもとにある、一言主大神をお祀りする神社です。
日本霊異記で役小角に縛られたとされる神様ですが、今は「いちごんさん」として、一言の願いを叶えてくれる神様として親しまれています。
前鬼の里(奈良県吉野郡下北山村)
前鬼・後鬼の子孫が開いたと伝えられる宿坊が残る、大峰山の修験の道の途中にある集落です。
素盞雄神社(東京都荒川区)
延暦14年(795年)に、役小角の高弟とされる黒珍が開いたと伝えられる神社です。
くわしくは素盞雄神社の記事で紹介しています。
修験道と古神道の視点からの読み解き
山に神仏を見る
修験道は、山にこもって厳しい修行をし、自然の中で不思議な力(験・げん)を得ようとする信仰です。
日本古来の山岳信仰に、仏教や道教、陰陽道の考え方が混じり合って生まれたといわれます。
山そのものを神様として敬う考え方は、三輪山を御神体とする大神神社のように、古神道の中にもとても古くからあります。
役小角は、その「山に神聖なものを感じる」日本人の感覚を、修行という形で表した人物だったのかもしれません。
神様を縛る行者
日本霊異記では、役小角が葛城の神様・一言主大神を縛ってしまいます。
日本の神様よりも、仏教の力を身につけた行者のほうが強い。
仏教が広まっていく時代に、そうした考え方が物語の中で語られるようになったことがうかがえます。
一方で、役小角は仏教の僧ではなく、あくまで在家の「優婆塞」でした。
神と仏のどちらにも属しきらない、その中間に立つ人物だったからこそ、神仏習合の象徴のような存在として、後の時代に大切にされていったのではないでしょうか。
まこも考察
ここからはまこもの考察です。
役小角について調べていて、僕が面白いと思ったのは、「記録」と「伝説」の距離です。
国の記録に残っているのは、「伊豆に流された呪術者」という、ほんの数行だけでした。
でも、その数行の中の「鬼神を使うと言い伝えられている」という一文から、前鬼・後鬼、空を飛ぶ話、富士山に登った話、神様を縛った話と、どんどん物語が広がっていきました。
人々は、確かな記録よりも、「こんな人がいてほしい」という願いを、役小角に託していったのかもしれません。
険しい山に分け入り、鬼さえ改心させ、苦しむ人を助けてくれる行者。
そうした願いが1300年かけて積み重なった姿が、今私たちが知っている「役行者」なのだと思います。
素盞雄神社の黒珍のように、「役小角の弟子」と伝えられる人が全国にいるのも、それだけ多くの土地の人々が、自分たちの信仰の始まりを役小角と結びつけたかったからなのではないでしょうか。
役小角が登場する作品・モデルになった作品
役小角は、1300年たった今も、物語の中で活躍し続けています。
鬼を従え、空を飛び、神様さえ縛る行者。
作家や漫画家にとって、これほど魅力的な人物はいないのかもしれません。
※ 作品の内容は、出版社・公式サイト・自治体の観光サイトなどで確認できた範囲で紹介しています。
南総里見八犬伝(江戸時代の読本)
曲亭馬琴(きょくていばきん)が、文化11年(1814年)から28年かけて書き上げた長編小説です。
物語のはじめ、言葉を話せなかった幼い伏姫(ふせひめ)が、母と一緒に役行者の岩窟にお参りした帰り道に、不思議な老人から数珠を授かります。
その数珠に浮かんでいたのが、「仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌」の八つの文字。
この老人は役行者の化身と考えられていて、この数珠が、のちの八犬士の物語につながっていきます(千葉県公式観光サイト「ちば観光ナビ」)。
千葉県南房総市の養老寺には、伏姫がお参りしたとされる「役行者の岩窟」があり、八犬伝ゆかりの地として紹介されています。
坪内逍遥『役の行者』(戯曲)
明治・大正の文学者、坪内逍遥(つぼうちしょうよう)が書いた戯曲です。
日本劇作家協会の「戯曲デジタルアーカイブ」によると、1913年に初稿ができ、1916年に『女魔人』として出版、1917年に『役の行者』と改題されました。
劇としての初演は1926年(大正15年)、小山内薫(おさないかおる)の演出で、築地小劇場で上演されています。
修験道の開祖・役の行者小角を描いた作品で、一言主と女怪(にょかい)という荒ぶる存在が登場します。
黒岩重吾『役小角仙道剣』(小説)
古代史を舞台にした小説で知られる黒岩重吾(くろいわじゅうご)の長編小説で、2003年に新潮社から刊行されました。
7世紀後半の大和を舞台に、修験者・役小角が、律令の世で苦しむ人々のために権力者に立ち向かう物語で、黒岩重吾の遺作長編とされています。
藤川桂介『宇宙皇子(うつのみこ)』(小説)
1980年代に人気を集めた、藤川桂介(ふじかわけいすけ)の長編小説シリーズです。
飛鳥時代を舞台に、役小角の弟子となった架空の少年「宇宙皇子」が、金剛山で修行しながら成長していく姿が描かれます。
役小角は、主人公を導く師匠として登場します。
鬼神童子ZENKI(漫画・アニメ)
原作・谷菊秀(たにきくひで)、作画・黒岩よしひろによる漫画で、『月刊少年ジャンプ』に1992年から1996年まで連載され、1995年にテレビアニメにもなりました。
主人公の役小明(えんのちあき)は、最強の呪術者「役小角」の血を引く祓い師という設定です。
そして、タイトルの「ZENKI」は、役小角が使役した最強の鬼神「前鬼」のこと。
伝説の前鬼・後鬼の話が、そのまま物語の土台になっているんです。
この作品で役小角や前鬼を知った、という人も多いのではないでしょうか。
全領域異常解決室(テレビドラマ)
2024年10月から12月にフジテレビで放送された、藤原竜也さん主演のドラマです。
科学では説明できない事件に挑む物語ですが、途中から日本の神々の物語であることが明かされ、大きな話題になりました。
役小角も、物語に深く関わる人物として登場します。
ネタバレになってしまうので、どんな役なのかは、ぜひドラマで確かめてみてください。
お寺公認のキャラクター「役小角奈」と「ついなちゃん」
役小角が生まれた地とされる奈良県御所市の吉祥草寺では、役行者の子孫という設定のキャラクター「役小角奈(えんのおづな)」と「ついなちゃん(役追儺〈えんのついな〉)」が、お寺の公認キャラクターになっています。
開眼の法要を受けて、お寺でお祀りされているそうです。
1300年前の行者の子孫が、今はかわいいキャラクターとして活躍している。
役小角本人が知ったら、どんな顔をするでしょうか。
祇園祭の「役行者山」
物語ではありませんが、京都の祇園祭の後祭(あとまつり)には、「役行者山(えんのぎょうじゃやま)」という山が巡行します。
祇園祭山鉾連合会によると、役行者山には、役行者・一言主神・葛城神の三体の人形がお祀りされています。
この組み合わせは、役行者が一言主神を使って、葛城山と大峰山のあいだに橋をかけようとしたという伝承を思い起こさせるものです。
正面の洞に役行者が座り、一言主神は鬼の姿で斧を持っているそうです。
日本霊異記の伝説が、今も京都の町なかを巡っているんですね。
伝説の行者が、読本、戯曲、小説、漫画、アニメ、ドラマ、そしてお祭りへ。
僕も一度くらい何かの物語に出てみたいものですが、今のところ出番があるのは、近所のスーパーのポイントカードの中くらいです。
関連する神様・記事
まとめ
- 役小角は、修験道の開祖とされる飛鳥時代〜奈良時代はじめの人物で、「役行者」とも呼ばれます。
- 国の正史『続日本紀』に、699年に伊豆へ流されたことが記録されていて、実在の人物だったと考えられています。
- 『日本霊異記』などでは、鬼神を使い、一言主神を縛り、夜に空を飛んで富士山へ通い、仙人になったという伝説が語られています。
- 前鬼・後鬼の伝説や、金剛蔵王権現を感得した伝承、1799年の「神変大菩薩」の諡号など、後の時代にも信仰が広がりました。
- 素盞雄神社を開いた黒珍のように、全国に「役小角の弟子」と伝えられる人がいます。
数行の記録から、1300年かけて大きな伝説へ。
役小角は、日本の山の信仰と、人々の願いが重なり合って生まれた「伝説の行者」なんですよね。
よくある質問(FAQ)
Q. 役小角は、実在した人物ですか?
A. 国の正史『続日本紀』の文武天皇3年(699年)の記事に、伊豆に流されたことが記されているため、実在の人物だったと考えられています。ただ、鬼を使った、空を飛んだといった話の多くは、後の時代の伝説です。
Q. 「役小角」と「役行者」は、同じ人ですか?
A. 同じ人です。本名とされるのが「役小角」、山で修行する行者としての呼び名が「役行者」です。ほかにも「役優婆塞」「神変大菩薩」などの呼び名があります。
Q. 修験道とは、どんな信仰ですか?
A. 山にこもって厳しい修行をし、自然の中で不思議な力(験)を得ようとする信仰です。日本古来の山岳信仰に、仏教などの考え方が混じり合って生まれたとされ、役小角はその開祖とされています。
Q. 役小角は、本当に富士山に登ったのですか?
A. 日本霊異記に、伊豆に流された役小角が夜に富士山へ通って修行したと書かれていることから、「富士山に初めて登った人」の一人として語られています。ただし、確かめられた記録ではなく、伝説として伝わっている話です。
Q. 役小角が登場するアニメや漫画はありますか?
A. 漫画・アニメの『鬼神童子ZENKI』では、主人公が役小角の血を引く祓い師で、役小角が使役した鬼神「前鬼」が登場します。ほかにも、曲亭馬琴の『南総里見八犬伝』、坪内逍遥の戯曲『役の行者』、ドラマ『全領域異常解決室』などに登場しています。この記事は、古事記・日本書紀などの原典や、ネット上の資料を参考にまとめ、まこもが考察を加えたものです。考察の部分は「まこも考察」として書き分けています。
出典・参考文献
- 『続日本紀』文武天皇三年五月
- 『日本霊異記』上巻 第二十八
- 『今昔物語集』巻第十一 第三
- 役行者霊蹟札所会「開祖 役行者」 http://www.ubasoku.jp/introduction/ennogyoja.htm
- 金峯山修験本宗 総本山 金峯山寺「金峯山寺について」 https://www.kinpusen.or.jp/about/
- 御所市「吉祥草寺」 https://www.city.gose.nara.jp/kankou/0000001394.html
- 日本遺産 葛城修験「吉祥草寺」 https://katsuragisyugen-nihonisan.com/cultural_property/cat02/post_85.php
- 下北山村「前鬼の里」 https://www.vill.shimokitayama.nara.jp/kankou/sekaiisan1.html
- 奈良県「奈良のむかしばなし」 https://www.pref.nara.lg.jp/n002/61398.html
- 国立国会図書館 レファレンス協同データベース「富士山に初めて登った人を知りたい。」 https://crd.ndl.go.jp/reference/entry/index.php?id=1000363374&page=ref_view
- ちば観光ナビ「南総里見八犬伝ってどんな物語?」 https://maruchiba.jp/feature/detail_464.html
- 日本劇作家協会 戯曲デジタルアーカイブ「役の行者」 https://playtextdigitalarchive.com/drama/detail/852
- 新潮社「黒岩重吾」著者プロフィール https://www.shinchosha.co.jp/writer/1409/
- アニメハック「鬼神童子ZENKI」 https://anime.eiga.com/program/103292/
- 映画ナタリー「藤原竜也の主演ドラマ『全領域異常解決室』放送」 https://natalie.mu/eiga/news/586637
- 鬼っ子ハンターついなちゃん 公式サイト https://xn--n8jychz0k1d.com/about/
- 公益財団法人祇園祭山鉾連合会「役行者山」 http://www.gionmatsuri.or.jp/yamahoko/ennogyojayama.html


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