この記事で分かること
要石(かなめいし)は、茨城県の鹿島神宮と、千葉県の香取神宮の境内にある、地面から少しだけ頭を出した不思議な石です。
地の底で地震を起こす大鯰(おおなまず)を押さえている、という伝承。
水戸光圀が掘らせても底が見えなかった話。
そして江戸の大地震のあと、町中にあふれた「鯰絵(なまずえ)」まで、要石をめぐる物語をお話しします。
要石を一言でいうと
地震を起こす地下の大鯰を、鹿島と香取の神様が押さえている、と伝えられる神聖な石です。
鹿島神宮の要石は上がへこんだ「凹形」、香取神宮の要石は上が出っぱった「凸形」。
どちらも、地上に見えているのはほんの少しだけで、地の底深くまで続いていると言い伝えられています【伝承】。
見た目は、本当に小さな石です。
初めて見た人は、たいてい「え、これ?」と言うそうです。
僕もその一人でした。
要石はどこにある?
| 項目 | 鹿島神宮の要石 | 香取神宮の要石 |
|---|---|---|
| 場所 | 茨城県鹿嶋市。奥宮からさらに森の奥 | 千葉県香取市。境内の一角 |
| 形 | 上がへこんだ凹形 | 上が出っぱった凸形 |
| 押さえているもの | 大鯰の頭(または尾) | 大鯰の尾(または頭) |
| 光圀の伝承 | 七日七晩掘らせたが、底にたどり着けなかった | 貞享元年(1684年)に掘らせたが、根元を見ることができなかった |
※ 鹿島神宮・香取神宮の公式サイトにもとづく。どちらが頭でどちらが尾かは、伝えによって違います。
要石の伝承【伝承】
鹿島神宮の伝え
鹿島神宮の公式サイトでは、要石について次のように紹介されています。
地中深くまで埋まる要石が、地震を起こす鯰の頭を押さえていると、古くから伝えられています。
水戸の徳川光圀公が、どこまで深く埋まっているのか確かめようと、七日七晩にわたって掘らせたけれど、いつまで経ってもたどり着くことができなかった。
そればかりか、けが人が続出したため、掘ることをあきらめた。
この話は『黄門仁徳録(こうもんじんとくろく)』に記されている、とされています。
香取神宮の伝え
香取神宮の要石は、境内の一角にあります。
香取神宮の公式サイトでは、こう紹介されています。
昔、この地方はとても地震が多く、人々は、地中に大きなナマズが住みついて暴れているのだと恐れていました。
そこで香取・鹿島両神宮の大神様たちが、地中深く石の棒を差しこんで、大ナマズの頭と尾を刺し通した、といいます。
香取は凸形、鹿島は凹形で、地上に一部をあらわし、深さは幾十尺と伝えられています。
貞享元年(1684年)、水戸光圀公が香取神宮を参拝したとき、これを掘らせたけれど、根元を見ることはできなかった、ともいわれます。
光圀公は、二回掘った?
ここで、ちょっと気になることがあります。
鹿島神宮でも、香取神宮でも、「光圀公が掘らせたけれど底が見えなかった」と伝えられているんです。
光圀公が、両方を掘らせたのか。
それとも一つの話が、二つの神社に伝わったのか。
今回調べた範囲では、はっきりしませんでした。
もし両方掘ったのだとしたら、光圀公の好奇心は相当なものです。
僕なら一つめで腰を痛めて、二つめは見学だけにしていたと思います。
神様たちと要石
鹿島の神様・建御雷神
鹿島神宮の御祭神は、武甕槌大神(建御雷神)です。
古事記では、国譲りのときに、波の上に逆さに立てた剣の先に座って、大国主命に国譲りを迫った、剣と雷の神様です。
香取の神様・経津主神
香取神宮の御祭神は、経津主神です。
日本書紀では、建御雷神と一緒に国譲りに向かった、剣の力を持つ神様です。
国譲りで地上を平らげた二柱の神様が、今度は地の底の鯰を押さえている。
「国を鎮めた神様は、大地も鎮める」。
そう考えると、要石の伝承は、国譲りの物語の続きのようにも見えてきます。
鯰絵とは?
安政の大地震と鯰絵【史料】
国立国会図書館の電子展示会「NDLイメージバンク」では、鯰絵を次のように説明しています。
鯰絵とは、地震を起こすものと考えられていた「鯰」をおもに描いた錦絵で、一般に、安政2年(1855年)10月2日の夜に江戸をおそった大地震(安政の大地震)のあとに出版されたものを指します。
鯰を人のように描いたものが多く、鬼、恵比寿、大黒天、職人、要石、そして鹿島大明神などがよく登場します。
大阪府立図書館のデジタル展示によると、この地震による死者は江戸全体で1万人以上とされています。
そして、「地震を起こすのは地中にすむ大鯰で、ふだんは鹿島大明神が要石の力で大鯰を押さえている」という古くからの伝説が、安政の大地震をきっかけに広まりました。
笑いや風刺をまじえた鯰絵は200種類以上あり、庶民の情報源や、世直しへの期待を伝えるものとして流行した、とされています。
どんな鯰絵があるの?
大阪府立図書館のデジタル展示では、こんな鯰絵が紹介されています。
- 鹿島大明神の鯰のかば焼き屋:鹿島大明神が鯰をつかまえて、かば焼き屋を開いている絵。「家破焼(やはやき)」は「蒲焼(かばやき)」のしゃれで、お客さんは地震で仕事を失った料理屋や芸者たち
- 暫(しばらく)の鯰退治:歌舞伎の「暫」をもとに、正義の味方が鯰坊主を要石で押さえつけている絵
- 鯰の奉公証文:地震のあとの建設ラッシュを反映して、鯰の「ゆり助」を奉公に出すという内容の絵
- 小判を吐き出す金持ち:地震で家が壊れ、ため込んだ金銀を吐き出すお金持ちを描いた絵
おそろしい地震のあとなのに、なんだかユーモラスです。
笑いの力で恐怖を乗りこえようとした、江戸の人たちのたくましさが伝わってきます。
お守りとしての鯰絵
鯰絵の中には、地震よけのまじないの言葉が書かれたものもありました。
余震におびえる人々が、鯰絵を家に貼って、お守りにしたともいわれます。
「鹿島の神様が、ちゃんと押さえてくれている」。
その安心感を、一枚の絵が運んでいたのかもしれません。
伝承・関連する話
【伝承】神無月と地震
安政の大地震が起きたのは、旧暦の10月。
旧暦10月は「神無月(かんなづき)」で、全国の神様が出雲に集まり、それぞれの土地を留守にする月だと言われます。
そのため、「鹿島の神様が出雲へ出かけて留守のあいだに、鯰が暴れた」と語られ、この発想をもとにした鯰絵もあると言われています【伝承】。
留守番を任されたのに、ちょっと目を離したすきに大騒ぎ。
なんだか、僕が子どもの頃の留守番を思い出します。
【伝承】要石の歌
要石には、こんな歌が伝えられています【伝承】。
ゆるぐとも よもや抜けじの 要石 鹿島の神の あらん限りは
「たとえ揺れても、まさか抜けることはないだろう、この要石は。鹿島の神様がいらっしゃる限りは」。
地震よけのおまじないの歌として、古くから知られています。
【伝承】地震と鯰の関係は、いつから?
地震を鯰が起こすという考えが、いつごろから広まったのかは、はっきりしていません。
古くは、日本の大地の下には大きな竜がいて、その竜が地震を起こすと考えられていた、とも言われます。
それが、いつのまにか鯰に変わっていったようです【噂・俗説】。
要石が登場する作品
映画『すずめの戸締まり』(2022年)
新海誠監督のアニメ映画です。
公式サイトのあらすじでは、主人公の鈴芽(すずめ)が、扉を閉める「閉じ師」の青年・草太と出会い、謎の猫・ダイジンに導かれて、日本各地の扉を閉める旅に出ます。
作品の中では、大地震は巨大な「ミミズ」の姿で現れ、ふだんは「要石」がそのミミズを鎮めている、という設定になっています。
民俗学者の畑中章宏さんは、この映画の解説記事の中で、映画では要石が日本列島の東西にあるとされる一方、実際には鹿島神宮と香取神宮の二つの要石が長く広く信仰されてきたことや、安政の大地震のあとに鯰絵が人気を集めたことを紹介しています(CINRA)。
同じ記事では、江戸時代の「伊勢暦」に、日本を取り囲む竜のような「地震の虫」とともに、要石の歌「ゆるぐとも よもやぬけじの かなめいし かしまの神の あらんかぎりは」が掲げられていたことも紹介されています。
この映画を見たあとで、鹿島や香取の要石を訪ねてみると、見え方が変わるかもしれません。
古神道的な読み解き
要石は、古神道でいう「磐座(いわくら)」や「磐境(いわさか)」の考え方と、どこかでつながっているように見えます。
神様が宿る石、あるいは、神様の領域の境目を示す石。
地の底まで続いていて、誰にも掘り出せないという伝承は、「人の手の届かない、神様の領域」を表しているのではないでしょうか。
まこも考察
ここからはまこもの考察です。
要石は、驚くほど小さな石です。
でも、その根は地の底まで続いていて、光圀公がどれだけ掘っても、底にたどり着くことはできなかった。
僕は、この伝承がとても好きです。
目に見えている部分は、ほんのわずか。
でも本当に大切なものは、見えないところで、深く、静かに、大地を支えている。
鯰絵もまた、不思議な文化です。
大きな地震で家を失い、家族を失った人々が、鯰をかば焼きにしたり、鹿島の神様に叱らせたりして、笑いに変えていった。
それは、神様をばかにしていたのではなく、「神様がちゃんと見ていてくれる」と信じていたからこそ、できたことだと思うんです。
要石と鯰絵。
一つは地の底で黙って大地を支え、一つは町の中で笑いながら人の心を支えた。
どちらも、揺れる大地の上で暮らす私たちにとっての、小さな「要」だったのかもしれません。
まとめ
- 要石は、鹿島神宮と香取神宮の境内にある、地中の大鯰を押さえるとされる石です。
- 鹿島の要石は凹形、香取の要石は凸形で、地の底深くまで続いていると伝えられています。
- 水戸光圀が掘らせても底が見えなかったという話が、鹿島・香取の両方に伝わっています。
- 鯰絵は、安政2年(1855年)の江戸の大地震のあとに大流行した錦絵で、200種類以上あるとされます。
- 鹿島大明神が鯰を押さえる姿や、笑いと風刺をまじえた絵が、庶民の情報源やお守りとして広まりました。
小さな石と、にぎやかな絵。
その両方が、揺れる大地に暮らす人々の心を、昔から支えてきたんですよね。
よくある質問(FAQ)
Q. 要石は、本当に地中深くまで続いているのですか?
A. 地中にどこまで埋まっているのかは、分かっていません。水戸光圀が掘らせても底にたどり着けなかったという伝承が、鹿島神宮と香取神宮の両方に伝わっています。
Q. 鹿島と香取の要石は、どう違うのですか?
A. 鹿島神宮の要石は上がへこんだ凹形、香取神宮の要石は上が出っぱった凸形です。二つで大鯰の頭と尾を押さえていると伝えられています。
Q. 鯰絵はどこで見られますか?
A. 国立国会図書館の「NDLイメージバンク」や、大阪府立図書館のデジタル展示などで、インターネットから見ることができます。
Q. なぜ地震を鯰が起こすと考えられたのですか?
A. はっきりした理由は分かっていません。鯰が地震の前に騒ぐという言い伝えもありますが、いつから鯰と地震が結びついたのかは、よく分かっていないんです。
この記事は、古事記・日本書紀などの原典や、ネット上の資料を参考にまとめ、まこもが考察を加えたものです。考察の部分は「まこも考察」として書き分けています。
出典・参考文献
- 鹿島神宮 公式サイト「境内案内」 https://kashimajingu.jp/guidance/%e5%a2%83%e5%86%85%e6%a1%88%e5%86%85/
- 香取神宮 公式サイト「境内案内」 https://katori-jingu.or.jp/guide/
- 国立国会図書館「NDLイメージバンク 鯰絵」 https://www.ndl.go.jp/imagebank/theme/namazue
- 大阪府立図書館「【デジタル展示】鯰絵」 https://www.library.pref.osaka.jp/site/osaka/namazue.html
- 映画『すずめの戸締まり』公式サイト https://suzume-tojimari-movie.jp/
- CINRA「『すずめの戸締まり』に登場するミミズや閉じ師、猫のダイジンら、民俗学的なモチーフの意味を読み解く」 https://www.cinra.net/article/202212-suzumetojimari_kawrkcl


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