この記事で分かること
自凝神社(おのころじんじゃ)は、淡路島の南に浮かぶ小さな島・沼島(ぬしま)にある神社です。
国生み神話で、伊弉諾命と伊弉冊命が最初に生み出した「おのころ島」は、この沼島だという伝承があります。
島の小高い山そのものを御神体とするこの神社と、神話の舞台といわれる島の風景を、史料と伝承に分けてお話しします。
自凝神社を一言でいうと
「日本のはじまりの島」という伝承を持つ沼島で、山そのものをお祀りしてきた神社です。
地元では「おのころさん」と呼ばれて親しまれています。
島の人たちは、この山を仰ぎながら、海とともに暮らしてきました。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 自凝神社(おのころじんじゃ)。「おのころ神社」とも |
| 所在地 | 兵庫県南あわじ市沼島73 |
| 主祭神 | 伊弉諾命(いざなぎのみこと) |
| 配祀神 | 伊弉冊命(いざなみのみこと) |
| 御神体 | 神社のある小高い山(神体山) |
| 創立 | 不詳 |
| 例祭日 | 9月15日 |
| お問い合わせ | 沼島八幡神社(兼務社のため) |
※ 所在地・御祭神・例祭日・由緒は、2026年10月1日に兵庫県神社庁の神社検索で確認しました。
御祭神【史料】
伊弉諾命・伊弉冊命
自凝神社の主祭神は伊弉諾命(伊邪那岐命)、配祀神は伊弉冊命(伊邪那美命)です(兵庫県神社庁)。
天の浮橋から矛で海をかき混ぜて、最初の島をつくり、そこに降りて国を生んだ夫婦の神様ですね。
その「最初の島」の名前が、そのまま神社の名前になっているんです。
古事記のおのころ島
古事記では、おのころ島は「淤能碁呂島」と書かれます。
故、二柱神立天浮橋而、指下其沼矛以畫者、鹽許々袁々呂々邇畫鳴而、引上時、自其矛末垂落之鹽、累積成嶋、是淤能碁呂嶋。
読みやすくしてみると、「二柱の神は天の浮橋に立って、その沼矛(ぬぼこ)を下ろしてかき混ぜた。塩をこおろこおろとかき鳴らして引き上げると、矛の先から滴り落ちた塩が積もって島になった。これが淤能碁呂島である」。
そして二柱は、その島に降りて「天の御柱(あめのみはしら)」を立て、大きな御殿を建てて、国生みを始めます。
「おのころ」は、「自(おの)ずから凝(こ)り固まった」という意味だと考えられています。
自凝神社の「自凝」という字は、まさにこの意味を表しているんですね。
日本書紀のおのころ島
日本書紀の本文では、「磤馭慮嶋」と書かれます。
伊弉諾尊・伊弉冉尊、立於天浮橋之上、共計曰「底下豈無國歟。」廼以天之瓊矛、指下而探之、是獲滄溟。其矛鋒滴瀝之潮、凝成一嶋、名之曰磤馭慮嶋。
読みやすくしてみると、「伊弉諾尊と伊弉冉尊は、天の浮橋の上に立って、『この下に国がないはずがない』と話し合った。そこで天の瓊矛(ぬぼこ)を下ろして探ると、青い海が見つかった。矛の先から滴り落ちた潮が固まって一つの島になった。これを磤馭慮嶋という」。
古事記の「塩」が、日本書紀では「潮」になっているのも、ちょっとおもしろいところです。
国生み神話の全体は、国生みの記事でくわしく紹介しています。
由緒と歴史の変遷
山を海から拝んでいた【史料】
兵庫県神社庁の由緒によると、自凝神社の創立年は分かっていません。
古くから沼島の人たちは、神社のある山そのものを御神体として、山すその海岸「水の浦(みずのうら)」から拝んでいたと伝えられています。
つまり、はじめは社殿がなく、山そのものを海辺から仰いでいたんです。
山そのものを神様として拝む信仰については、神体山と磐座の記事で紹介しています。
小さな祠から今の社殿へ【史料】
同じく神社庁の由緒によると、この山の上には、「沼島七社」の一つだった小さな祠がありました。
大正11年(1922年)ごろ、沼島出身の岩田なつさんが、社殿が衰えているのを嘆いて寄付を集め、今の社殿ができあがったそうです。
拝殿は、平成14年(2002年)に建て直されました。
島を離れてもふるさとの神社を思う気持ちが、今の社殿につながっている。
なんだか、あたたかいお話ですよね。
淡路島の観光情報サイト「アワタビ」では、寛政年間(1789〜1801年)に祠が建てられ、1923年に神殿、1937年に拝殿ができた、とも紹介されています。
年代には資料によって違いがあるので、ここでは神社庁の由緒を中心に紹介しました。
沼島という島
沼島は、淡路島の南の沖、約4.6kmに浮かぶ小さな島です。
上空から見ると、勾玉のような形をしているといわれます。
兵庫県淡路県民局のページによると、島の人の多くは漁師とその家族で、鱧(はも)漁で知られています。
沼島は、日本遺産「国生みの島・淡路~古代国家を支えた海人の営み~」の構成文化財にもなっています。
神戸新聞の連載によると、沼島には古墳時代から、すぐれた航海の技術を持つ海人(あま)が暮らしていたと考えられています。
戦国時代には「沼島水軍」の拠点にもなりました。
境内と島の見どころ
天に向かってのびる石段
アワタビによると、平成14年(2002年)に拝殿とともに石段も修復されました。
石段は、山の頂上に向かって、天に届くようにまっすぐのびています。
伊弉諾命・伊弉冊命の石像
境内には、二柱の神様の石像があります。
アワタビによると、伊弉諾命の像は、手に天沼矛を持っています。
国生みの場面を思いうかべながらお参りできるのは、この神社ならではですね。
上立神岩(かみたてがみいわ)
沼島の東の海岸には、高さ約30mの巨岩「上立神岩」がそびえています。
国生み神話で使われた「天沼矛」、あるいは二柱が立てた「天の御柱」だと伝えられています【伝承】。
国土交通省のメールマガジンでは、「竜宮の表門」とも呼ばれる沼島のシンボルとして紹介されています。
岩の中ほどにはハートの形が見えることから、最近は恋愛成就を願って訪れる人もいるそうです。
港から歩いて約20分です(旅行読売)。
島の岩と地層
沼島の岩は、約1億年前の中生代にできた変成岩で、黒崎海岸では、同心円の形をした「鞘型褶曲(さやがたしゅうきょく)」というめずらしい地層が見られます(旅行読売)。
神話の島が、地質の世界でも特別な島だというのは、なんだかロマンがありますね。
神事・例祭の意味
例祭(9月15日)
自凝神社の例祭日は、9月15日です(兵庫県神社庁)。
自凝神社は、沼島八幡神社の宮司さんがお祀りを兼ねる「兼務社」になっています。
沼島八幡神社の春祭り
同じ島の沼島八幡神社では、毎年5月の春祭りで、曳きだんじりが海の中へすべりこみます(神戸新聞)。
豊漁を祈る、海の島らしいお祭りです。
古神道的な視点での読み解き
「おのころ島」はどこにある?
実は、「おのころ島」だと伝えられる場所は、沼島だけではありません。
| 候補地 | 場所 | 根拠とされるもの |
|---|---|---|
| 沼島 | 南あわじ市沼島 | 平安時代の『新撰亀相記』、鎌倉時代の『釈日本紀』 |
| 自凝島神社のある丘 | 南あわじ市榎列 | 神社の由緒。高さ21.7mの大鳥居で知られる |
| 絵島 | 淡路市岩屋 | 江戸時代の国学者・本居宣長の説とされる |
| 友ヶ島 | 和歌山市 | 『新撰姓氏録』にもとづく説 |
※ 沼島・絵島・友ヶ島の根拠は、オノゴロ島についての百科事典の解説をもとにしています。
沼島説は、近世以降ほとんど定説のように扱われてきたといわれます。
一方で、南あわじ市榎列の自凝島神社(おのころじまじんじゃ)や、淡路市の絵島も、日本遺産「国生みの島・淡路」の構成文化財になっています。
どれが正しいかを決める手がかりは、古事記にも日本書紀にもありません。
ただ、「淡路島のまわりの小さな島だっただろう」というのが、多くの説に共通する見方です。
海人の「島生み」の物語
旅行読売の解説では、国生み神話のもとは、弥生時代に淡路島に移り住んだ海人族が大和の朝廷に伝えた「島生み神話」ではないか、という推測が紹介されています。
日本書紀の本文でも、国生みで最初に生まれたのは「淡路洲(あわじのしま)」でした(胞=えな として生まれ、気に入らなかったとも書かれています)。
海の上から島々をながめて暮らした人たちにとって、島が「生まれる」という感覚は、とても自然なものだったのかもしれません。
まこも考察
ここからはまこもの考察です。
自凝神社を調べていて、僕がいちばん心をひかれたのは、「山を海岸から拝んでいた」という由緒です。
沼島の人たちの多くは、海で暮らしてきました。
漁に出た船から島をふり返ると、まず見えるのは島の山です。
昔の漁師さんは、山の見え方で自分の船の位置を知る「山あて」という方法を使っていたといわれます。
そう考えると、海から仰ぐ山は、ただの景色ではなく、「帰ってくる場所」の目印だったはずです。
その山を神様として拝むのは、とても自然なことだったのだと思います。
そしてもう一つ。
国生み神話では、二柱はまず島をつくり、その島に降りて柱を立てました。
何もない海の上に、最初に「立つ場所」ができる物語です。
海で働く人にとって、足をつけられる陸地は、何よりもありがたいもの。
沼島の人たちが、自分たちの島を「最初にできた島」として大切に語り伝えてきたのは、島そのものへの感謝があったからではないでしょうか。
ちなみに僕は、船に乗ると10分でも酔うことがあるので、沼島汽船の約10分がちょうど限界です。
矛の先から島ができるまでの時間も、それくらいだったらいいなと思います。
伝承・関連する話
【伝承】上立神岩は「天の御柱」
上立神岩は、二柱が国生みのときに立てた「天の御柱」、あるいは海をかき混ぜた「天沼矛」だと伝えられています。
古事記では、二柱はこの柱のまわりを回って出会い、結婚します。
そのため、上立神岩は縁結びの岩としても親しまれています。
【伝承】黄泉の入り口「穴口」
兵庫県淡路県民局のページによると、沼島には、伊弉冉命が亡くなったあとに住んだ黄泉の国の入り口と伝わる「穴口(あなぐち)」という場所もあります。
国生みの始まりの島に、伊弉冉命の最期につながる場所もある。
二柱の物語の「はじめ」と「おわり」が、同じ小さな島に伝わっているんです。
噂・都市伝説【噂・俗説】
ここでは、出典を確かめられなかった噂話や都市伝説を紹介します。
真偽ははっきりしないので、「そんな話もあるんだな」くらいの気持ちで読んでくださいね。
【噂・俗説】浜にまつわる猫の話
沼島には、島の浜にまつわる猫の不思議な話が伝わっている、と紹介されることがあります。
ただ、どの浜の、どんな話なのか、くわしい内容や出典は確認できませんでした。
島の暮らしの中で語られてきた話なのかもしれません。
【噂・俗説】消えた「下立神岩」
上立神岩と対になる「下立神岩(しもたてがみいわ)」という岩があったものの、昭和9年(1934年)の室戸台風で崩れてしまった、という話もあります。
こちらも、確かな資料では確認できていません。
本当なら、今そびえる上立神岩は、かつては二本で並んでいたのかもしれませんね。
自凝神社・沼島が登場する創作作品
公式の情報で確認できた作品がなかったため、ここでは紹介を控えます。
参拝の作法・アクセス・御朱印
※ 以下の情報は、2026年10月1日に兵庫県神社庁、旅行読売、アワタビなどのページで確認したものです。船の時刻や運賃は変わることがあるので、お出かけの前に沼島汽船の最新の情報を確認してください。
参拝の作法
一般的な神社と同じく、「二拝二拍手一拝」でお参りします。
山そのものが御神体なので、石段の下で山を見上げて一礼してから登るのもおすすめです。
アクセス
- 船:淡路島の土生港(はぶこう)から沼島汽船で約10分
- 港から神社まで:沼島港から約1.2km(兵庫県神社庁)。南あわじ市のページでは、船着場から徒歩約10分と紹介されています
- 土生港まで:神戸淡路鳴門自動車道・西淡三原ICから車で約35分(アワタビ)。土生港の近くに有料の駐車場があります
- 上立神岩:沼島港から徒歩約20分。漁船で島を一周する「沼島おのころクルーズ」でも、海から見ることができます
御朱印
御朱印の授与について、確認できる公式の情報は見つかりませんでした。
気になる方は、沼島八幡神社にお問い合わせください。
お問い合わせ
- 沼島八幡神社:0799-57-0146
- 沼島汽船:0799-57-0008
- 沼島総合観光案内所:0799-57-0777
おのころ島の伝承については、おのころ島の候補地の記事、自凝島神社の記事、天の御柱の記事、国生みと淡路の海人の記事でも紹介しています。
まとめ
- 自凝神社は、淡路島の南の沼島にある神社で、伊弉諾命を主祭神、伊弉冊命を配祀神としてお祀りしています。
- 神社のある小高い山そのものが御神体で、昔の人は海岸「水の浦」から山を拝んでいました。
- 沼島は、国生み神話の「おのころ島」だという伝承があり、高さ約30mの上立神岩は「天の御柱」「天沼矛」と伝えられています。
- おのころ島の候補地は、沼島のほかに自凝島神社の丘・絵島・友ヶ島などもあり、はっきりとは分かっていません。
- 今の社殿は、大正時代に沼島出身の人の寄付で建てられました。
海の上に、最初に「立つ場所」ができた物語。
自凝神社は、その物語を島の暮らしとともに守ってきた、小さくて大きな神社です。
よくある質問(FAQ)
Q. 自凝神社と自凝島神社は同じ神社ですか?
A. 別の神社です。自凝神社(おのころ神社)は沼島にあり、自凝島神社(おのころ島神社)は淡路島の南あわじ市榎列にあります。どちらも「おのころ島」の伝承地とされています。
Q. 自凝神社の御祭神は誰ですか?
A. 主祭神は伊弉諾命、配祀神は伊弉冊命です(兵庫県神社庁)。
Q. 沼島へはどうやって行けますか?
A. 淡路島の土生港から、沼島汽船で約10分です。
Q. 上立神岩は何ですか?
A. 沼島の東の海岸にある高さ約30mの岩で、国生み神話の「天の御柱」や「天沼矛」だと伝えられています。
この記事は、古事記・日本書紀などの原典や、ネット上の資料を参考にまとめ、まこもが考察を加えたものです。考察の部分は「まこも考察」として書き分けています。
出典・参考文献
- 『古事記』上巻(伊邪那岐命と伊邪那美命、淤能碁呂島)
- 『日本書紀』巻第一 神代上 第四段 本文
- 兵庫県神社庁「自凝神社」 https://www.hyogo-jinjacho.com/data/6329138.html
- 兵庫県 淡路県民局(沼島の紹介) https://web.pref.hyogo.lg.jp/kk03/dayori2305/pickup3.html
- 国土交通省 メールマガジン(沼島) https://www.mlit.go.jp/page/kanbo01_hy_000428.html
- 南あわじ市「おのころ島神社(榎列下幡多)、おのころ神社(沼島)」 https://www.city.minamiawaji.hyogo.jp/soshiki/shoukou/onokorojima-jinjya.html
- 旅行読売「沼島」 https://tabi-mag.jp/hg0501
- 旅行読売「おのころ島神社」 https://tabi-mag.jp/hg0309/
- 旅行読売「絵島」 https://tabi-mag.jp/hg0320
- アワタビ「おのころ神社(沼島)」 https://kankouawaji.com/power-ono/
- ウォーカープラス「沼島」 https://www.walkerplus.com/article/129910/
- 神戸新聞「新ごこく 沼島」 https://www.kobe-np.co.jp/rentoku/shingokoku/P20181202MS00078.shtml
- Wikipedia「オノゴロ島」 https://ja.wikipedia.org/wiki/オノゴロ島
- Wikipedia「沼島」 https://ja.wikipedia.org/wiki/沼島


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