この記事で分かること
熱田神宮(あつたじんぐう)は、名古屋市熱田区にある神社で、「熱田さん」と呼ばれて親しまれています。
三種の神器の一つ「草薙神剣(くさなぎのみつるぎ)」をお祀りする、とても格の高いお宮です。
神剣がこの地に来た物語、一度盗まれて戻ってきた史料、そして暗闇の中で笑うちょっと不思議なお祭りまで、史料と伝承に分けてお話しします。
熱田神宮を一言でいうと
日本武尊が残した草薙神剣を、妃の宮簀媛命がお祀りしたことに始まる、名古屋の大きなお宮です。
公式サイトによると、創祀からおよそ1,900年。
伊勢の神宮につぐ格別に尊いお社として、昔から篤く信仰されてきました。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 熱田神宮(あつたじんぐう)。「熱田さん」とも |
| 所在地 | 愛知県名古屋市熱田区神宮1-1-1 |
| 御祭神 | 熱田大神(あつたのおおかみ) |
| 相殿神 | 天照大神・素盞嗚尊・日本武尊・宮簀媛命・建稲種命 |
| 御霊代 | 草薙神剣 |
| 創祀 | 景行天皇43年(113年)と伝えられる |
| 社格など | 延喜式の名神大社。明治元年(1868年)に「熱田神宮」となる |
| 境内 | 約19万㎡。本宮・別宮・摂社・末社あわせて45社 |
| 例祭 | 6月5日(熱田まつり) |
| 公式サイト | https://www.atsutajingu.or.jp/ |
※ 御祭神・歴史・境内・神事は、2026年10月1日に熱田神宮の公式サイトで確認しました。
御祭神【史料】
熱田大神
熱田神宮の御祭神は、熱田大神です。
公式サイトでは、熱田大神とは、草薙神剣を御霊代(みたましろ:神様の宿るよりどころ)としてよらせられる天照大神のことだと説明されています。
つまり、剣そのものを拝むというより、剣に宿る天照大神をお祀りしているんですね。
相殿神(五神さま)
本宮には、熱田大神とともに五柱の神様がお祀りされています。
- 天照大神
- 素盞嗚尊(須佐之男命):八岐大蛇の尾から草薙剣を取り出した神様
- 日本武尊:草薙剣で野火を切り抜けた英雄
- 宮簀媛命(みやすひめのみこと):日本武尊の妃で、神剣をお祀りした方
- 建稲種命(たけいなだねのみこと):宮簀媛命の兄で、日本武尊の東征に従った尾張氏の祖
剣を見つけた神様、剣で戦った英雄、剣を守った妃とその兄。
相殿神の顔ぶれを見ると、草薙神剣の物語がそのまま並んでいるのが分かります。
由緒と歴史の変遷
草薙剣の物語【史料】
草薙剣は、須佐之男命が八岐大蛇を退治したとき、その尾から出てきた剣です。
須佐之男命はこの剣を天照大御神に献上し、のちに天孫降臨のときに地上へもたらされた、と語られます。
やがて剣は、伊勢で天照大御神に仕えていた倭比売命から、甥の日本武尊に授けられました。
相模の野で火に囲まれたとき、日本武尊はこの剣で草を刈り払って火を退けた、と伝えられています。
剣の名前や歩みについては、草薙剣の記事でくわしく紹介しています。
宮簀媛命の家に剣を置いて【史料】
東の国々を平らげた日本武尊は、尾張に戻って宮簀媛命と結婚します。
古事記では、こう書かれています。
其御刀之草那藝劒、置其美夜受比賣之許而、取伊服岐能山之神幸行。
読みやすくしてみると、「その御刀の草那芸剣を、美夜受比売(みやずひめ)のもとに置いて、伊服岐(いぶき)の山の神を討ちに出かけた」。
日本武尊は剣を持たずに伊吹山へ向かい、山の神の祟りを受けて病になり、伊勢の能褒野(のぼの)で亡くなってしまいます。
日本書紀の景行天皇51年の条には、こんな一文があります。
初日本武尊所佩草薙横刀、是今在尾張國年魚市郡熱田社也。
読みやすくしてみると、「はじめ日本武尊が身につけていた草薙の横刀は、今、尾張国の年魚市(あゆち)郡の熱田社にある」。
日本書紀ができた奈良時代には、もう草薙剣が熱田にあると書かれていたんです。
熱田の地にお祀りする【伝承】
公式サイトによると、日本武尊は神剣を今の名古屋市緑区大高町の火上山に留め置いたまま亡くなりました。
そこで妃の宮簀媛命が、神剣を熱田の地にお祀りしたのが、熱田神宮の始まりです。
公式サイトの年表では、これを景行天皇43年(113年)のこととしています。
盗まれた神剣【史料】
草薙剣には、実は一度盗まれたという記録があります。
日本書紀の天智天皇7年(668年)の条には、こう書かれています。
是歲、沙門道行、盜草薙劒、逃向新羅。而中路風雨、荒迷而歸。
読みやすくしてみると、「この年、僧の道行(どうぎょう)が草薙剣を盗んで新羅へ逃げようとした。けれども途中で風雨にあい、迷って帰ってきた」。
そして天武天皇の朱鳥元年(686年)の条には、天皇の病を占ったところ「草薙剣の祟り」と出たので、その日のうちに尾張国の熱田社に送り届けた、と書かれています。
盗まれたあと、しばらく宮中に置かれていた剣が、熱田に戻ってきた。
公式サイトの年表でも、686年に「草薙神剣が神宮に還座」とされています。
その後の歩み【史料】
公式サイトの年表から、主な出来事をたどってみます。
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 708年(和銅元年) | 別宮・八剣宮が創祀される |
| 907年(延喜7年) | 延喜式の名神大社に列せられる |
| 1194年(建久5年) | 源頼朝が奉幣 |
| 1560年(永禄3年) | 織田信長が土塀を奉納(信長塀) |
| 1868年(明治元年) | 神宮号を賜り、熱田神社から熱田神宮となる |
| 1893年(明治26年) | 遷宮で神明造に改修 |
| 1945年(昭和20年) | 空襲で被災 |
| 1955年(昭和30年) | 遷宮・再建 |
| 2009年(平成21年) | 造営が竣功し、遷座祭 |
明治の改修で、社殿は伊勢の神宮と同じ「神明造(しんめいづくり)」になりました。
伊勢につぐお宮という位置づけが、建物の形にも表れているんですね。
境内の見どころ
公式サイトの境内案内をもとに紹介します。
本宮
熱田大神をお祀りする、熱田神宮の中心のお社です。
神明造の社殿は、まっすぐな線と素木(しらき)の美しさが特徴です。
信長塀
永禄3年(1560年)、織田信長は桶狭間の戦いに出陣するとき、熱田神宮に必勝を祈りました。
大勝したお礼に奉納したのが、この築地塀(ついじべい)です。
公式サイトでは、日本三大土塀の一つとして紹介されています。
大楠
手水舎の北側にある、樹齢1,000年を超える楠です。
弘法大師がお手植えしたと伝えられています。
近くで見上げると、その大きさに思わず声が出ます。
二十五丁橋
名古屋でいちばん古い石橋といわれています。
板石が25枚並んでいることから、この名前がつきました。
佐久間燈籠
高さ約8mの六角形の石燈籠で、江戸時代から日本三大燈籠の一つとして知られています。
寛永7年(1630年)に、海で遭難しかけて助かったお礼として寄進されたものです。
清水社(お清水さま)
社殿の奥に水が湧いていることから、「お清水さま」と呼ばれています。
この水で眼を洗えば眼がよくなり、肌を洗えば肌がきれいになる、という信仰があります。
一之御前神社
天照大神の荒魂(あらみたま:神様の荒々しく活動的な面)をお祀りするお社です。
荒魂と和魂については、一霊四魂の記事で紹介しています。
別宮八剣宮
和銅元年(708年)に、宝剣を新たに鋳造してお祀りしたのが始まりです。
御祭神は本宮と同じで、祭典も本宮に準じて行われます。
武門の信仰が篤く、織田信長や徳川綱吉が社殿を修造・造営しました。
上知我麻神社
尾張国造の乎止與命(おとよのみこと)をお祀りする摂社です。
「知恵の文殊さま」として、合格祈願に訪れる人が多いお社です。
境内の大国主社・事代主社では、1月5日に「初えびす」が行われます。
宝物館と剣の宝庫 草薙館
熱田神宮には、皇室や将軍家などから奉納された約6,000点の宝物があります。
名古屋市の観光サイトによると、奉納された刀剣は約450口で、そのうち国宝・重要文化財は20口あります。
令和3年(2021年)に開館した「剣の宝庫 草薙館」では、その刀剣の一部が展示されています。
神事・例祭の意味
例祭(熱田まつり)6月5日
天皇のお使い(勅使)が参向する、熱田神宮でいちばん重要で荘厳なお祭りです。
さまざまな奉納行事も行われます。
酔笑人神事(えようどしんじ)5月4日
「オホホ祭り」とも呼ばれる、ちょっと不思議な神事です。
境内の明かりがすべて消された暗闇の中で、神職たちが境内の4か所をめぐります。
面を扇で軽くたたいて「オホ」と声を出すと、笛の音に合わせて、全員がいっせいに「オホホ」と笑い出すのだそうです。
この神事は、朱鳥元年(686年)に草薙神剣が熱田に戻ってきたとき、人々が喜んだ様子を伝えるものとされています(和楽web)。
新年の神事
公式サイトによると、1月には次のような神事が続きます。
- 世様神事(1月7日):大幸田神社で、その年の豊凶を占う
- 踏歌神事(1月11日):大地の精霊を鎮め、厄除と招福を願う
- 歩射神事(1月15日):弓を射て、魔を除き福を招く
5月8日の豊年祭では、「おためし」と呼ばれる飾りで、農家がその年の作柄を占います。
古神道的な視点での読み解き
剣に宿る天照大神
熱田神宮のいちばんの特徴は、剣を御霊代として、そこに天照大神が宿るとされていることです。
伊勢の神宮では八咫鏡(やたのかがみ)、熱田神宮では草薙神剣。
三種の神器のうち二つが、それぞれ天照大神の御霊代としてお祀りされているわけです。
神様は形を持たないけれど、何かを「よりどころ」にしてそこにいらっしゃる。
鏡や剣は、その神様と人とをつなぐための、大切な「場所」なんですね。
尾張氏と熱田
相殿神の宮簀媛命と建稲種命は、尾張氏の一族とされています。
摂社の上知我麻神社には尾張国造の乎止與命、氷上姉子神社には宮簀媛命がお祀りされています。
熱田神宮は、天皇家の神器をお祀りするお宮であると同時に、尾張の土地の人々が自分たちの祖先とともに守ってきたお宮でもあるんです。
まこも考察
ここからはまこもの考察です。
熱田神宮を調べていて、僕がいちばん心をひかれたのは、草薙剣が「置いていかれた剣」だということです。
日本武尊は、剣を宮簀媛命のもとに置いて、伊吹山へ向かいました。
そして、二度と戻りませんでした。
剣を持っていれば、伊吹山の神に勝てたのかもしれない。
古事記を読むと、どうしてもそう考えてしまいます。
でも見方を変えると、剣は「戻ってくる場所」に置かれていたのだと思います。
日本武尊は、宮簀媛命のもとに帰るつもりで、いちばん大切なものを預けていった。
だからこそ、宮簀媛命はその剣を手放さず、お祀りし続けたのではないでしょうか。
そしてこの剣は、一度盗まれ、宮中に移されても、最後には熱田に帰ってきました。
「オホホ」と笑う酔笑人神事は、その「おかえりなさい」の喜びを、千三百年以上も伝え続けている神事なのかもしれません。
ちなみに僕は、傘をどこかに「置いていく」と、だいたい二度と戻ってきません。
草薙剣の帰巣本能を、少し分けてほしいところです。
伝承・関連する話
【伝承】熱田大神が楊貴妃になった?
熱田神宮には、ちょっと驚く伝説があります。
唐の玄宗皇帝が日本を攻めようとしたとき、熱田大神が楊貴妃に生まれ変わって玄宗の心をとらえ、日本への侵攻を思いとどまらせた、というお話です。
安史の乱で楊貴妃が亡くなったあと、神様は日本に帰ってきた、と語られます。
ニューズウィーク日本版の記事によると、江戸時代には名所案内にも載るほど知られた話で、境内には「楊貴妃の墓」といわれる石塔もありました。
今の熱田神宮はこの伝説を公式には認めておらず、清水社の奥に、その石塔のかけらといわれる石が残るだけだそうです。
日本武尊が女装して熊曾建(くまそたける)を討った話が、熱田の神様が女性の姿になるという発想につながったのでは、という見方も紹介されています。
諸説あるうちの一つとして、楽しんでくださいね。
【噂・俗説】草薙神剣を見た人がいる?
草薙神剣は、神職も見ることができない秘められたものとされています。
そのため、江戸時代に神職がひそかに見たという話がネット上などで語られることがありますが、確かな史料で確認できる話ではありません。
噂・都市伝説【噂・俗説】
ここでは、出典を確かめられなかった噂話や都市伝説を紹介します。
真偽ははっきりしないので、「そんな話もあるんだな」くらいの気持ちで読んでくださいね。
【噂・俗説】熱田の七不思議
熱田神宮には「七不思議」と呼ばれる話がある、といわれることがあります。
ただ、何を七つに数えるかは紹介する人によってちがい、もとになった確かな資料は確認できませんでした。
大楠や清水社、楊貴妃の石など、熱田にはふしぎな言い伝えが多いので、いつのまにか「七不思議」としてまとめて語られるようになったのかもしれません。
【噂・俗説】開かずの門・清雪門
境内の「清雪門(せいせつもん)」は、「開かずの門」と呼ばれることがあります。
草薙神剣を盗んだ僧の道行がこの門から出ていったので、それ以来、門を閉ざしたままにしている、という話です。
清雪門は、暗闇で笑う酔笑人神事で神職がめぐる場所の一つでもあります。
ただし、門を閉ざした理由を記した確かな資料は確認できず、諸説あるうちの一つとして紹介します。
熱田神宮が登場する創作作品
公式の情報で確認できた作品がなかったため、ここでは紹介を控えます。
参拝の作法・アクセス・御朱印
※ 以下の情報は、2026年10月1日に熱田神宮の公式サイトなどで確認したものです。変更されることがあるので、お出かけの前に公式サイトで最新の情報を確認してください。
参拝の作法
一般的な神社と同じく、「二拝二拍手一拝」でお参りします。
本宮だけでなく、別宮八剣宮や、こころの小径の一之御前神社にもお参りしてみてくださいね。
アクセス
- 名鉄名古屋本線:神宮前駅から徒歩約3分(東門)
- JR東海道本線:熱田駅から徒歩約8分(東門)
- 地下鉄名城線:熱田神宮西駅(西門が近い)、熱田神宮伝馬町駅(南門が近い)
駐車場
公式サイトによると、東門駐車場(約300台)・西門駐車場(約40台)・南門駐車場(約60台)があり、基本的に午後5時に閉門します。
初詣の時期や祭典のときは、閉鎖や使用制限があります。
御朱印・お札・お守り
お札やお守りは、授与所で受けられます。
御朱印の受付時間などは、公式サイトのよくある質問などで確認してください。
お問い合わせ
- 熱田神宮 公式サイト:https://www.atsutajingu.or.jp/
熱田神宮にまつわる話は、三種の神器の記事、熱田の楊貴妃伝説の記事、笑う神事の記事、氷上姉子神社の記事、相殿神ゆかりの神様は乎止與命の記事・高倉下命の記事でも紹介しています。
まとめ
- 熱田神宮は、名古屋市熱田区にある「熱田さん」で、草薙神剣を御霊代とする熱田大神(天照大神)をお祀りしています。
- 相殿神は天照大神・素盞嗚尊・日本武尊・宮簀媛命・建稲種命の五柱です。
- 日本武尊が宮簀媛命のもとに置いていった草薙剣を、宮簀媛命がお祀りしたのが始まりと伝えられます。
- 日本書紀には、草薙剣が一度盗まれ、686年に熱田に戻されたことが書かれています。
- 信長塀・大楠・二十五丁橋・佐久間燈籠・草薙館など見どころが多く、5月4日には暗闇で笑う酔笑人神事が行われます。
置いていかれ、盗まれ、それでも帰ってきた剣。
熱田神宮は、その剣とともに、千九百年の祈りを今に伝えているお宮です。
よくある質問(FAQ)
Q. 熱田神宮の御祭神は誰ですか?
A. 熱田大神です。公式サイトでは、草薙神剣を御霊代としてよらせられる天照大神のこととされています。相殿神は天照大神・素盞嗚尊・日本武尊・宮簀媛命・建稲種命です。
Q. 草薙神剣を見ることはできますか?
A. できません。草薙神剣は御霊代として本宮に秘められています。宝物館・草薙館では、奉納された刀剣などの宝物が展示されています。
Q. 信長塀とは何ですか?
A. 織田信長が桶狭間の戦いの勝利のお礼に奉納した築地塀で、日本三大土塀の一つとされています。
Q. オホホ祭りとは何ですか?
A. 5月4日の夜に行われる酔笑人神事のことです。暗闇の中で神職たちが「オホホ」と笑う神事で、草薙神剣が熱田に戻った喜びを伝えるものとされています。
この記事は、古事記・日本書紀などの原典や、ネット上の資料を参考にまとめ、まこもが考察を加えたものです。考察の部分は「まこも考察」として書き分けています。
出典・参考文献
- 『古事記』中巻(景行天皇・倭建命)
- 『日本書紀』巻第七 景行天皇四十年・五十一年、巻第二十七 天智天皇七年、巻第二十九 天武天皇朱鳥元年
- 熱田神宮 公式サイト https://www.atsutajingu.or.jp/
- 熱田神宮 公式サイト「御祭神」 https://www.atsutajingu.or.jp/jingu/about/
- 熱田神宮 公式サイト「熱田神宮の歴史」 https://www.atsutajingu.or.jp/jingu/about/history.html
- 熱田神宮 公式サイト「別宮・摂社・末社」 https://www.atsutajingu.or.jp/jingu/about/yukari.html
- 熱田神宮 公式サイト「境内案内MAP」 https://www.atsutajingu.or.jp/jingu/about/map.html
- 熱田神宮 公式サイト「催事・神事」 https://www.atsutajingu.or.jp/jingu/about/event.html
- 熱田神宮 公式サイト「アクセス・駐車場」 https://www.atsutajingu.or.jp/jingu/access/
- 名古屋市図書館「熱田神宮めぐり」(アクセス・門の位置) https://www.library.city.nagoya.jp/img/guide/tour_atsuta_1.pdf
- 名古屋コンシェルジュ「熱田神宮宝物館」 https://www.nagoya-info.jp/spot/detail/66/
- 和楽web(酔笑人神事) https://intojapanwaraku.com/rock/culture-rock/199393/
- ニューズウィーク日本版(熱田と楊貴妃の伝説) https://www.newsweekjapan.jp/articles/-/1407?page=6


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