
この記事で分かること
須佐之男命(すさのおのみこと)は、高天原で暴れて追放され、出雲で八岐大蛇(やまたのおろち)を退治した神様です。
「荒ぶる神」と「英雄」という二つの顔を持つこの神様を、古事記・日本書紀・風土記の違い、そして祇園信仰や茅の輪(ちのわ)とのつながりまで、史料と伝承に分けてお話しします。
須佐之男命を一言でいうと
伊邪那岐命(いざなぎのみこと)の禊から生まれた三貴子の一柱で、天照大御神の弟にあたる神様です。
泣きわめいて父に追い出され、高天原で大暴れして姉を天岩戸に隠れさせてしまいます。
ところが地上に降りると、八岐大蛇を退治して櫛名田比売(くしなだひめ)を救い、日本で最初の和歌を詠んだ英雄になるんです。
同じ神様なのに、前半と後半でまるで別人のよう。
そこがこの神様のいちばんの魅力なんですよね。
名前の意味を見てみよう
古事記では「建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)」とも呼ばれています。
- 建(たけ):勇ましく強いこと
- 速(はや):すばやく勢いのあること
- 須佐(すさ):意味には二つの説があります
- 男(お):男性
「すさ」については、次の二つの説が知られています(國學院大學 神名データベース)。
- 荒ぶ(すさぶ)説:「すさぶ(荒れる)」「すすむ(進む)」と同じ語源で、勢いのままに突き進む性格を表す
- 地名説:出雲国飯石郡(いいしのこおり)や紀伊国在田郡(ありだのこおり)にあった「須佐(すさ)」という土地の名前から来ている
出雲国風土記には、須佐之男命がこの土地に自分の名前を付けたという話が残っています(あとでくわしく紹介します)。
「荒々しい神様」なのか「須佐の土地の神様」なのか。名前からして、二つの顔を持っているんです。
須佐之男命のプロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 読み | すさのおのみこと |
| 表記 | 須佐之男命・建速須佐之男命・速須佐之男命(古事記)/素戔嗚尊・神素戔嗚尊・速素戔嗚尊(日本書紀)/須佐能袁命(出雲国風土記) |
| 呼ばれ方 | 祇園さん・天王さん(牛頭天王と同一視されて) |
| 分類 | 三貴子(さんきし)の一柱 |
| 親 | 伊邪那岐命(古事記)/伊弉諾尊・伊弉冉尊(日本書紀 本文) |
| きょうだい | 天照大御神(姉)、月読命 |
| 配偶神 | 櫛名田比売、神大市比売(かむおおいちひめ) |
| 主な子 | 八島士奴美神(やしまじぬみのかみ)、大年神(おおとしのかみ)、宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)、須勢理毘売(すせりびめ)、五十猛命(いそたけるのみこと、日本書紀) |
子どもの欄をよく見てください。
宇迦之御魂神は、全国のお稲荷さんでお祀りされている稲の神様です。
お稲荷さんのお父さんは須佐之男命、ということになるんです。
どの文献に出てくる?
古事記【史料】
① 泣きわめく神様
伊邪那岐命の禊で、鼻を洗ったときに生まれました。
伊邪那岐命は、天照大御神に高天原を、月読命に夜の国を、須佐之男命に海原を治めるよう命じます。
ところが須佐之男命は、ひげが胸元に届くほど大人になっても、国を治めずに泣きわめいてばかりいました。
その泣き方はすさまじく、青々とした山は枯れ山になり、川や海は干上がってしまったほどです。
伊邪那岐命が理由を尋ねると、須佐之男命はこう答えます。
僕者欲罷妣國根之堅洲國、故哭。
(私は、亡き母の国である根の堅州国に行きたいのです。だから泣いているのです)
怒った伊邪那岐命は、須佐之男命を追放してしまいました。
「亡き母の国」とは、伊邪那美命がいる国のことです。
古事記では、須佐之男命は伊邪那岐命一柱の禊から生まれているのに、伊邪那美命を「母」と呼んでいる。
ここはとても不思議で、心に残る場面なんです。
僕も締め切り前には泣きたくなることがありますが、さすがに山が枯れたことはありません。
② 高天原での誓約と乱暴
須佐之男命は、姉の天照大御神に別れを告げるために高天原へ上ります。
天照大御神は「国を奪いに来たのでは」と疑い、武装して迎えました。
二柱は誓約(うけい)をして、須佐之男命の剣から三柱の女神様が生まれます。
須佐之男命は「私の心が清らかだから、やさしい女神様が生まれたのだ」と勝ちを宣言しました。
ところがその勢いのまま、田のあぜを壊し、神殿を汚し、ついには機織りの小屋に馬を投げ込みます。
驚いた機織りの女神様が亡くなり、天照大御神は天岩戸に隠れてしまいました。
岩戸が開いたあと、八百万の神様たちは相談して、須佐之男命に罪をつぐなう品物を差し出させ、ひげと手足の爪を切って、高天原から追放します。
③ 五穀の種
追放された須佐之男命は、食べ物の神様・大宜都比売神(おおげつひめのかみ)に食べ物を求めます。
ところが、大宜都比売神が食べ物を用意する様子を見て「汚れたものを出している」と思い込み、殺してしまいました。
すると、大宜都比売神の体から、蚕や稲・粟・小豆・麦・大豆が生まれます。
神産巣日御祖命(かみむすひみおやのみこと)が、それを取らせて「種」にしました。
私たちが食べている五穀の始まりは、この悲しい出来事の中にあったんです。
④ 八岐大蛇(やまたのおろち)退治
出雲の肥の河(ひのかわ、今の斐伊川)の上流、鳥髪(とりかみ)に降りた須佐之男命は、川上から箸が流れてくるのを見て、人が住んでいることに気づきます。
たどっていくと、足名椎(あしなづち)・手名椎(てなづち)という老夫婦が、娘の櫛名田比売を囲んで泣いていました。
是高志之八俣遠呂智、毎年來喫。
(高志の八俣の大蛇が、毎年やって来て娘を食べてしまうのです)
八人いた娘は、もう櫛名田比売ひとりになっていました。
八岐大蛇は、目はほおずきのように赤く、一つの体に八つの頭と八つの尾を持ち、体には苔や檜・杉が生え、長さは八つの谷と八つの峰にわたるほどだった、と古事記は語ります。
須佐之男命は「私は天照大御神の弟だ」と名乗り、櫛名田比売を妻にもらうことを約束します。
そして櫛名田比売を櫛に変えて自分の髪に挿し、老夫婦に八塩折(やしおおり)の酒という、何度も醸した強い酒を用意させました。
垣に八つの門を作り、門ごとに酒の入った桶を置いて待ちます。
やってきた大蛇は、八つの頭をそれぞれの桶に入れて酒を飲み、酔って眠ってしまいました。
須佐之男命はそのすきに、十拳剣(とつかのつるぎ)で大蛇を斬ります。
尾を斬ったとき剣の刃が欠けたので、不思議に思って裂いてみると、中から一振りの大刀が出てきました。
須佐之男命はこれを天照大御神に献上します。これが草那芸之大刀(くさなぎのたち)、のちの三種の神器の一つ・草薙剣です。
ちなみに、僕はお酒にとても弱いので、八塩折の酒なら一杯目で眠ってしまう自信があります。
⑤ 須賀の宮と「八雲立つ」
大蛇を退治した須佐之男命は、櫛名田比売と住む宮を建てる場所を探して、出雲の須賀(すが)にたどり着きます。
そこで須佐之男命は言いました。
吾來此地、我御心須賀須賀斯。
(私はここに来て、心がすがすがしい)
だからこの土地を「須賀」と呼ぶのだ、と古事記は伝えています。
宮を建てるとき、そこから雲がわき立ったので、須佐之男命は歌を詠みました。
八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を
(夜久毛多都 伊豆毛夜幣賀岐 都麻碁微爾 夜幣賀岐都久流 曾能夜幣賀岐袁)
「幾重にもわき立つ雲が、八重の垣根のように出雲を包む。妻を住まわせるために、八重の垣根を作ろう。その八重の垣根を」。
雲を垣根に見立てて、新しい家族を守りたいという思いを詠んだ歌です。
⑥ 根の堅州国の主
古事記の後半、須佐之男命は根の堅州国(ねのかたすくに)の主として再び登場します。
兄たちに命を狙われた大国主神(おおくにぬしのかみ)が逃げてくると、須佐之男命は娘の須勢理毘売を妻にした大国主神に、蛇やムカデ、蜂のいる部屋で寝かせたり、野原に火を放ったりと、次々に試練を与えます。
大国主神がそれを乗り越えて逃げ出すとき、須佐之男命は遠くから大声で呼びかけました。
「その大刀と弓矢で兄たちを追い払い、お前が大国主神となれ。わが娘・須勢理毘売を正妻として、立派な宮殿を建てて住め。こいつめ」。
かつて泣きわめいていた神様が、最後は若い神様を厳しく鍛え、送り出す父親のような存在になっている。
須佐之男命の物語は、一柱の神様の成長の物語でもあるんです。
日本書紀【史料】
「悪い神様」とされる本文
日本書紀の本文では、素戔嗚尊はより厳しく描かれています。
第五段の本文では、生まれつき勇ましく残忍で、いつも泣きわめいて国の人々を若死にさせ、青い山を枯らしたため、父母二柱が「根の国に行け」と追放しています。
國學院大學の神名データベースでも、日本書紀の本文は素戔嗚尊をはっきりと悪い神として描いているのに対し、古事記は必ずしもそうではない、と指摘されています。
新羅に降りた素戔嗚尊
第八段の一書第四には、古事記にない話があります。
高天原を追放された素戔嗚尊は、子の五十猛神(いそたけるのかみ)を連れて、まず新羅(しらぎ)の曽尸茂梨(そしもり)という所に降りました。
しかし「この土地には住みたくない」と言って、土で船を作って東へ渡り、出雲の簸川(ひのかわ)の上流に着いたと記されています。
木を生む素戔嗚尊
第八段の一書第五には、とても面白い話が記されています。
乃拔鬚髯散之、卽成杉。又拔散胸毛、是成檜。尻毛是成柀、眉毛是成櫲樟。
(『日本書紀』巻第一 神代上 第八段 一書第五)
素戔嗚尊が、ひげを抜いて散らすと杉に、胸毛は檜(ひのき)に、お尻の毛は槙(まき)に、眉毛は楠(くすのき)になった、というのです。
さらに素戔嗚尊は、それぞれの使い道まで決めています。
| 木 | もとになった毛 | 素戔嗚尊が決めた使い道 |
|---|---|---|
| 杉・楠 | ひげ・眉毛 | 船(浮宝・うきたから) |
| 檜 | 胸毛 | 宮殿の材木 |
| 槙 | お尻の毛 | 人の棺(ひつぎ) |
子の五十猛命・大屋津姫命(おおやつひめのみこと)・枛津姫命(つまつひめのみこと)も木の種をまき、日本中が青い山になったと記されています。
五十猛命は、紀伊国(和歌山県)にお祀りされている大神だとされています。
乱暴者の神様が、日本の森を育てた神様でもある。
これも、日本書紀ならではの素戔嗚尊の姿です。
その他の文献【史料】
出雲国風土記(いずものくにふどき)
出雲国風土記には、八岐大蛇の話は出てきません。
そのかわり、須佐能袁命は出雲の各地で土地を開き、名前を付ける神様として登場します。
中でも有名なのが、飯石郡須佐郷(すさのさと)の話です。
須佐能袁命はここで「この国は小さい国だが、よい国だ。だから私の名前は、木や石には付けないでおこう(この土地に付けよう)」と言い、自分の御魂を鎮め置いたとされます。
これが今の須佐神社(出雲市佐田町)の起こりと伝えられています。
古今和歌集(こきんわかしゅう)の仮名序
平安時代の『古今和歌集』の序文で、紀貫之(きのつらゆき)は「すさのをのみことよりぞ、三十文字(みそもじ)あまり一文字(ひともじ)はよみける」と書いています。
五・七・五・七・七の三十一文字の和歌は、須佐之男命の「八雲立つ」から始まった、というわけです。
備後国風土記(びんごのくにふどき)逸文
鎌倉時代の『釈日本紀』に引用されて残った備後国風土記の一節には、蘇民将来(そみんしょうらい)の話が伝えられています。これは「伝承・関連する話」でくわしく紹介します。
御神徳(ご利益)
- 厄除け・疫病除け:牛頭天王と同一視され、八坂神社(祇園社)や津島神社(天王社)では、疫病や災いを祓う神様として信仰されてきました。
- 縁結び・夫婦円満:櫛名田比売を救って妻にした神様として、八重垣神社や須我神社などで縁結びを願う人が多いとされます。
- 五穀豊穣・農業:稲田の神である櫛名田比売の夫、稲荷神(宇迦之御魂神)の父として、豊作を願う人もいます。
- 和歌・芸能:「八雲立つ」の歌から、和歌の神様としても敬われています。
- 開運・勝負:大蛇を退治した英雄として、困難を切り開く力を願って参拝する人もいます。
祀る主な神社
八坂神社(京都府京都市東山区)
素戔嗚尊をお祀りし、「祇園さん」と親しまれている神社です。
明治以前は「祇園感神院(ぎおんかんしんいん)」「祇園社」と呼ばれ、疫病を祓う牛頭天王(ごずてんのう)をお祀りしていました。
牛頭天王は素戔嗚尊と同じ神様とされ、明治の神仏分離で八坂神社と名前を改めました。
日本三大祭りの一つ・祇園祭は、この神社のお祭りです。
須佐神社(島根県出雲市佐田町)
出雲国風土記の「須佐郷」にあたる場所にある神社です。
須佐之男命が自分の御魂を鎮めたと伝わり、「須佐之男命の本宮」とも言われています【伝承】。
須我神社(島根県雲南市大東町)
古事記の「須賀の宮」にあたるとされ、「日本初之宮(にほんはつのみや)」と呼ばれています。
須佐之男命・稲田比売命と、その子の八島野命(やしまぬのみこと)をお祀りし、「八雲立つ」の歌から「和歌発祥の地」とされています【伝承】。
八重垣神社(島根県松江市)
素盞嗚尊と稲田姫命をお祀りする、縁結びで知られる神社です。
奥の院の「鏡の池」では、占い用紙を水に浮かべて、沈むまでの早さや距離で縁を占う「縁占い」が行われています。
氷川神社(埼玉県さいたま市大宮区)
武蔵国の一宮で、須佐之男命・稲田姫命・大己貴命をお祀りしています。
関東を中心に広がる「氷川神社」の中心となる神社です。
津島神社(愛知県津島市)
建速須佐之男命と大穴牟遅命をお祀りする、「全国天王総本社」を名乗る神社です。
全国に約3,000社ある天王社の中心とされ、今も「津島の天王さま」と呼ばれています。
須佐之男命をお祀りする神社は全国にとても多く、どこが「いちばん古い」かを決めることはできません。
須我神社の「日本初之宮」も、古事記の「初めて宮を作った」という記述にもとづく伝承です。
ここでは順位はつけないでおきますね。
古神道的な読み解き
記紀での立ち位置
須佐之男命は、三貴子の一柱として、高天原と地上、そして根の国をつなぐ神様です。
- 高天原では、秩序を乱して追放される神様
- 出雲(地上)では、大蛇を退治して国を守る英雄
- 根の堅州国では、大国主神を鍛えて送り出す主
天照大御神が「天」を、大国主神が「地上の国」を代表するとすれば、須佐之男命はその二つをつなぐ、とても大事な位置にいるんです。
研究者の見方
二つの顔はなぜ生まれたのか
古事記の前半(荒ぶる神)と後半(出雲の英雄)はまるで別の神様のようです。
そのため、「前半は朝廷の側で作られた神話、後半は出雲に伝わっていた話で、二つがつなぎ合わされた」という見方があります。
一方で、「荒々しく勇ましい力を持っているという点では、最初から最後まで一貫している」という指摘もあります(國學院大學 神名データベース)。
嵐の神様?製鉄の神様?
泣きわめいて山を枯らし、高天原に上るときに山や川を揺り動かしたことから、嵐や暴風雨を神様として表したものだという説があります。
また、日本書紀で新羅に降りていることや、出雲国風土記で須佐之男命の伝承が残る地域が鉄の産地と重なることから、大陸から渡ってきた人々が信仰した製鉄の神様だったとする説もあります。
祇園信仰と牛頭天王
平安時代以降、須佐之男命は、疫病を流行らせもし、防ぎもする神様「牛頭天王」と同じ神様とされるようになりました。
荒々しい力を持つ神様だからこそ、その力を正しくお祀りすれば、疫病という「荒ぶるもの」を退けてくれる。
そう考えられたのかもしれません。
京都の祇園祭は、もともと疫病を鎮めるために始まったお祭りです。
須佐之男命の「荒ぶる力」は、祭りを通して人々を守る力へと変えられてきたんです。
古神道の考え方との関わり
- 祓(はらえ)=罪や汚れを取り除くこと
須佐之男命は、高天原で罪を犯し、罪をつぐなう品を差し出し、ひげと爪を切られて追放されました。これは、罪を「祓う」ことの原型の一つとされ、大祓詞に出てくる「天つ罪」の多くは、須佐之男命が高天原で行った乱暴と重なっています。 - 言霊(ことだま)=言葉に宿る力
「八雲立つ」の歌は、和歌のはじまりとされています。そして、須賀の地名は「すがすがしい」という須佐之男命の言葉から付けられました。言葉が土地に名前を与え、形を作っていく。言霊の考え方がよく表れた場面です。 - 荒魂(あらみたま)と和魂(にぎみたま)
神様には、荒々しく力強い「荒魂」と、穏やかでやさしい「和魂」があるという考え方があります。前半の荒ぶる姿と、後半の家族を守り若者を導く姿は、一柱の神様の荒魂と和魂を表しているようにも見えます。
まこも考察
ここからはまこもの考察です。
須佐之男命の物語は、「居場所を探す神様」の物語なのではないか、と僕は思っています。
最初は、海原を任されても「母の国に行きたい」と泣いていた。
高天原に上っても、姉に疑われ、暴れて、追い出されてしまう。
新羅に降りても「ここには住みたくない」と言う。
そんな須佐之男命が、出雲の須賀に来て、初めて「心がすがすがしい」と言うんです。
泣き続けた神様が、ようやく見つけた自分の居場所。
そこで守りたい家族ができて、雲を垣根に見立てる歌を詠んだ。
「荒ぶる神様」は、実は「どこにも収まれなかった神様」でもあったのかもしれません。
そして、自分の居場所を見つけた神様は、今度は若い大国主神に「お前が国の主になれ」と、居場所を与える側になる。
自分の力を持て余していた若者が、大切なものを見つけて、やがて次の世代を導く大人になる。
須佐之男命の物語は、今を生きる私たちにも、とても身近な物語だと感じます。
他の神様とのつながり
- 伊邪那岐命・伊邪那美命:父神様と、須佐之男命が「母」と慕った女神様
- 天照大御神(あまてらすおおみかみ):姉。誓約と天岩戸の物語の相手
- 月読命(つくよみのみこと):三貴子の一柱
- 櫛名田比売(くしなだひめ):八岐大蛇から救い、妻にした女神様
- 大国主神(おおくにぬしのかみ):須佐之男命の子孫で、娘・須勢理毘売の夫。根の堅州国で鍛えた神様
- 宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)・大年神(おおとしのかみ):須佐之男命の子。稲や穀物の神様
- 五十猛命(いそたけるのみこと):日本書紀で、木の種をまいた須佐之男命の子
- 大宜都比売神(おおげつひめのかみ):五穀のもとになった食べ物の女神様
伝承・関連する話
【伝承】蘇民将来と茅の輪
備後国風土記の逸文には、次のような話が伝えられています。
昔、北の海にいた武塔神(むとうのかみ)が、南の海の神様の娘に求婚しに旅をしていたとき、日が暮れて宿を求めました。
たくさんの倉を持つ裕福な弟の将来は宿を貸しませんでしたが、貧しい兄の蘇民将来は、粗末ながらも心を込めてもてなしました。
(のちの時代の伝承では、この弟は「巨旦将来(こたんしょうらい)」という名前で語られるようになります。)
何年かのち、武塔神は再び訪れ、「私は速須佐雄(はやすさのお)の神である」と名乗ります。
そして「疫病がはやったら、蘇民将来の子孫だと言って、茅(ちがや)の輪を腰につけなさい。そうすれば疫病から逃れられる」と教えました。
この話が、今も多くの神社で夏越の祓(なごしのはらえ)に行われる「茅の輪くぐり」の起源とされています。
また、「蘇民将来子孫」と書いたお守りや札が、今も各地で授与されています。
【噂・俗説】「八岐大蛇は斐伊川の洪水だった」
八岐大蛇の正体については、昔からいろいろな説が語られてきました。
よく知られているのが、「八岐大蛇は、何本にも分かれて流れ、たびたび氾濫した斐伊川を表している」という説です。
「稲田の姫(櫛名田比売)を大蛇から守る」というのは、洪水から田んぼを守ることを表している、というわけです。
また、大蛇の体が「いつも血でただれている」と描かれていることや、尾から剣が出てきたことから、「斐伊川上流の砂鉄と製鉄を表している」とする説もあります。
どれも興味深い説ですが、どれか一つが正しいと確かめられたわけではありません。
神話が、その土地の自然や暮らしと深く結びついて語られてきたことを示す話として、楽しむのがよさそうです。
まとめ
- 須佐之男命は、伊邪那岐命の禊から生まれた三貴子の一柱で、天照大御神の弟です。
- 古事記では、泣きわめき、高天原で暴れて追放される荒ぶる神様として描かれます。
- 出雲では八岐大蛇を退治して櫛名田比売を救い、草薙剣を天照大御神に献上しました。
- 須賀の宮で詠んだ「八雲立つ」は、和歌のはじまりとされています。
- 日本書紀では、ひげや眉毛から杉・檜・槙・楠を生んで使い道を決めた、森の神様としての姿も描かれます。
- 牛頭天王と結びついて、祇園祭や茅の輪くぐりなど、疫病を祓う信仰の中心になりました。
居場所を探して泣いていた神様が、大切なものを見つけて英雄になり、やがて次の世代を導く。
須佐之男命は、日本神話の中でいちばん「成長」を感じさせてくれる神様なのかもしれません。
よくある質問(FAQ)
Q. 須佐之男命は、悪い神様なのですか?
A. 高天原では乱暴を働いて追放されますが、出雲では八岐大蛇を退治して人々を救う英雄として描かれています。日本書紀の本文ではより厳しく描かれていますが、古事記では必ずしも悪い神様とはされていません。荒々しい力と、人を守る力の両方を持った神様です。
Q. 「すさのお」の漢字は、どれが正しいのですか?
A. 古事記では「須佐之男命」、日本書紀では「素戔嗚尊」、出雲国風土記では「須佐能袁命」と書かれています。どれも同じ神様で、神社によって「素盞嗚尊」などの書き方も使われています。
Q. 草薙剣は、今どこにあるのですか?
A. 草薙剣は、愛知県名古屋市の熱田神宮に御神体としてお祀りされていると伝えられています。三種の神器の一つで、一般に公開されることはありません。
Q. 茅の輪くぐりは、須佐之男命と関係があるのですか?
A. はい。備後国風土記の逸文に伝わる蘇民将来の話で、須佐之男命(武塔神)が「茅の輪をつければ疫病から逃れられる」と教えたことが、茅の輪くぐりの起源とされています。
この記事は、古事記・日本書紀などの原典や、ネット上の資料を参考にまとめ、まこもが考察を加えたものです。考察の部分は「まこも考察」として書き分けています。
出典・参考文献
- 『古事記』上巻(みそぎ・三貴子の分治、須佐之男命の昇天、誓約、天の石屋、五穀の起源、八俣の大蛇、須賀の宮、根の堅州国)原文
- 『日本書紀』巻第一 神代上(第五段 本文、第七段、第八段 本文・一書第四・一書第五)原文
- 『出雲国風土記』飯石郡 須佐郷
- 『備後国風土記』逸文(『釈日本紀』所引)
- 『古今和歌集』仮名序
- 國學院大學 古典文化学事業「古事記ビューアー」神名データベース「建速須佐之男命」 https://kojiki.kokugakuin.ac.jp/shinmei/takehayasusanoonomikoto/
- 國學院大學 古典文化学事業「古事記ビューアー」神社データベース「須佐神社」 https://kojiki.kokugakuin.ac.jp/jinjya/susajinja/
- 八坂神社 公式サイト「八坂神社の歴史」 https://www.yasaka-jinja.or.jp/about/history/
- 須我神社 公式サイト「須我神社について」 https://suga-jinja.or.jp/about
- 八重垣神社 公式サイト「奥の院 鏡の池について」 https://yaegakijinja.or.jp/pond/
- 武蔵一宮 氷川神社 公式サイト「由緒・歴史」 https://musashiichinomiya-hikawa.or.jp/about/
- 津島神社 公式サイト https://tsushimajinja.or.jp/
- 国文学研究資料館「古典に親しむ『古事記歌』」 https://www.nijl.ac.jp/koten/kokubun1000/1000iwata.html
- 飯南町「出雲国風土記にまつわる史跡」 https://www.iinan.jp/site/history/5550.html


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