
この記事で分かること
下照姫命(したてるひめのみこと)は、大国主命の娘で、国譲りの物語の中で、とても切ない役回りを演じた女神様です。
天若日子との結婚、夫を失ったときの泣き声、兄の名前を明かした歌、そして「下照る」という美しい名前の意味まで、古事記と日本書紀の原文を見ながらお話しします。
下照姫命を一言でいうと
天から来た夫を愛し、失い、その悲しみの声を天まで届かせた、あたり一面を照らすほど美しい女神様です。
大阪の玉造稲荷神社では、配祀神の一柱としてお祀りされています。
公式サイトでは、国や家庭、事業の安泰をつかさどる神様と紹介されています。
国譲りの物語は、建御雷神や大国主命の話として語られることが多いですよね。
でもその陰に、夫を失って泣いた一人の女神様がいたんです。
名前の意味を見てみよう
國學院大學の神名データベースによると、「したてる」は、あたり一面が照り輝くほど美しい、という意味とされます。
万葉集には、こんな歌があります。
- 「橘の 下照る庭に 殿建てて……」
- 「春の苑 紅にほふ 桃の花 下照る道に 出で立つ娘子(おとめ)」
花や実が、木の下まで照らすように美しく輝いている。
「下照る」は、そんな光景を表す言葉です。
ほかに、「下」は赤のことで「赤く輝く」という意味だとする説や、もともとは女性の美しさをたたえる言葉だったとする説もあります。
下照姫命のプロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 読み | したてるひめのみこと |
| 表記 | 下照比売・下光比売命・高比売命(古事記)/下照姫・下照媛(日本書紀) |
| 別名 | 高比売命(たかひめのみこと)、稚国玉(わかくにたま)(日本書紀) |
| 父 | 大国主命 |
| 母 | 多紀理毘売命(たきりびめのみこと、宗像の沖津宮の神様)(古事記) |
| 兄 | 阿遅鉏高日子根神(あじすきたかひこねのかみ、迦毛大御神) |
| 夫 | 天若日子(あめのわかひこ) |
| 祀る神社 | 比売許曽神社(大阪市東成区)、玉造稲荷神社(大阪市中央区)など |
どの文献に出てくる?
古事記【史料】
大国主命の娘として生まれる
古事記では、大国主命の系譜の中に登場します。
故、此大國主神、娶坐胸形奧津宮神・多紀理毘賣命、生子、阿遲鉏高日子根神、次妹高比賣命、亦名・下光比賣命。
(『古事記』上巻・大国主神の系譜)
読みやすくしてみると、「この大国主神が、胸形(宗像)の奥津宮にいらっしゃる多紀理毘売命を娶って生んだ子は、阿遅鉏高日子根神、次に妹の高比売命、またの名を下光比売命という」。
天若日子の妻になる
天照大御神が、地上の国を御子に治めさせようとしたとき、二番目の使いとして地上に降りたのが天若日子でした。
ところが天若日子は、地上で大国主命の娘と結婚してしまいます。
於是、天若日子、降到其國、卽娶大國主神之女、下照比賣、亦慮獲其國、至于八年、不復奏。
(『古事記』上巻・天若日子の派遣)
「そこで天若日子は、その国に降りると、すぐに大国主神の娘・下照比売を娶り、また、その国を自分のものにしようと考えて、八年たっても報告に戻らなかった」。
天から遣わされた使いと、地上の神様の娘。
二人の結婚は、国譲りの物語を大きく動かすことになります。
天まで届いた泣き声
天の神様は、様子を探るために雉の鳴女(なきめ)を遣わします。
天若日子は、その雉を天から授かった矢で射殺してしまいました。
矢は雉の胸を貫いて天まで届き、高木神(高御産巣日神)がそれを投げ返すと、矢は寝床にいた天若日子の胸に当たって、天若日子は亡くなってしまいます。
故、天若日子之妻・下照比賣之哭聲、與風響到天。
読みやすくしてみると、「天若日子の妻・下照比売の泣き声は、風にのって響き、天まで届いた」。
その声を聞いた天若日子の父・天津国玉神と、天にいた妻子たちが地上に降りてきて、喪屋を作り、八日八夜の弔いをしました。
兄の名前を明かす歌
その弔いの場に、下照比売の兄・阿遅鉏高日子根神がやって来ます。
兄は天若日子と姿がとてもよく似ていたので、天若日子の父や妻子は「死んでいなかった」と取りすがって泣きました。
「死んだ者と間違えるとは何事か」と怒った兄は、剣で喪屋を切り倒し、蹴飛ばして、飛び去ってしまいます。
そのとき、妹の高比売命(下照比売)は、兄の名前を明かそうとして、こう歌いました。
阿米那流夜 淤登多那婆多能 宇那賀世流 多麻能美須麻流 美須麻流邇 阿那陀麻波夜 美多邇 布多和多良須 阿治志貴多迦 比古泥能迦微曾也
読みやすくしてみると、「天にいる若い機織り女が、首にかけている、玉を連ねた首飾り。その首飾りの玉のように、谷を二つも渡って輝いているのは、阿遅志貴高日子根の神ですよ」。
古事記は、この歌を「夷振(ひなぶり)」と呼んでいます。
怒って飛び去る兄の姿を、光り輝く玉にたとえて、その名をたたえた歌です。
日本書紀【史料】
日本書紀の第九段の本文では、天稚彦(あめのわかひこ)が「顕国玉(うつしくにたま、大国主命)の娘・下照姫」を娶ります。
日本書紀は、「またの名を高姫、またの名を稚国玉」と注をつけています(國學院大學 神名データベース)。
天稚彦が返し矢に当たって亡くなったとき、下照姫が泣き悲しみ、その声が天まで届いたことも、古事記と同じように書かれています。
その他の文献【史料】
延喜式
國學院大學の神名データベースによると、平安時代の『延喜式』には「下照比売社一座、あるいは比売許曽社と号す」「比売許曽神社一座、また下照比売と号す」とあり、下照比売と比売許曽の神様が同じ神様とみなされていたことが分かります。
古史古伝での扱い
古史古伝での下照姫命の扱いについては、内容を確かめられる資料が見つからなかったため、この記事では紹介を控えます。
御神徳(ご利益)
- 国・家庭・事業の安泰:玉造稲荷神社の公式サイトでは、国や家庭、事業の安泰をつかさどる神様と紹介されています。
- 縁結び・夫婦和合:天若日子と結ばれた女神様として、縁結びを願う人もいます【伝承】。
祀る主な神社
比売許曽神社(大阪市東成区)
大阪市東成区にある神社で、『延喜式』の名神大社「比売許曽神社(下照比売社)」にあたるとされる神社の一つです。
延喜式で、下照比売と比売許曽の神様が同じ神様とされていたことから、下照比売命をお祀りしています。
玉造稲荷神社(大阪市中央区)
宇迦之御魂大神を主祭神とし、下照姫命を配祀神の一柱としてお祀りしています。
くわしくは玉造稲荷神社の記事で紹介しています。
古神道的な読み解き
天と地の間で
下照姫命の物語は、天から来た夫と、地上の神様の娘の物語です。
天若日子は、天の使命よりも、地上での暮らしと下照姫を選びました。
その結果、天の矢に打たれて命を落とします。
國學院大學の神名データベースでは、天若日子が下照比売との結婚によって地上の国を得ようとしたこと、天若日子が太陽の祀りに関わる性格の神と捉えられることから、下照比売を天照大御神の競争者とみる説も紹介されています。
「下照る」と「天照る」。
名前の響きも、どこか対になっているように感じられます。
織女と玉の歌
下照比売の歌に出てくる「天にいる若い機織り女(おとたなばた)」は、中世になると七夕の織女星と結びつけて考えられることが多かった、と國學院大學の神名データベースは紹介しています。
兄をたたえる歌の中に、機織りの女性と、きらめく玉。
美しいもの、輝くものを歌うことで、名前を「顕(あらわ)す」。
歌そのものに、力があると考えられていたのかもしれません。
まこも考察
ここからはまこもの考察です。
下照姫命の物語で、僕がいちばん心を動かされるのは、あの泣き声です。
「風にのって響き、天まで届いた」。
国譲りの物語の中で、天と地は、使いを送り合い、矢を射合って、なかなか通じ合うことができませんでした。
その天と地のあいだを、最初にまっすぐにつないだのが、一人の女神様の泣き声だったんです。
その声を聞いて、天若日子の父や妻子は、はじめて地上に降りてきました。
大切な人を失った悲しみは、天と地の区別をこえて届く。
そして、悲しみのただなかで、下照姫は兄の名を歌で明かし、その姿を輝く玉にたとえてたたえました。
悲しみの中でも、誰かを照らすことができる。
「下照る」という名前は、そんな女神様の心のあり方そのものなのではないでしょうか。
僕も落ちこんだときには、せめて部屋の電気くらいはつけて、少しでも明るく過ごそうと思います。
他の神様とのつながり
- 大国主命:父。天若日子に娘を嫁がせた
- 多紀理毘売命(たきりびめのみこと):母。宗像三女神の一柱
- 阿遅鉏高日子根神(あじすきたかひこねのかみ):兄。天若日子とそっくりで、喪屋を切り倒した
- 天若日子(あめのわかひこ):夫。天から遣わされたが、下照姫と結婚して戻らなかった
- 事代主神・建御名方神:大国主命の子。国譲りの場面で登場する
- 天照大御神:天若日子を遣わした高天原の神様
伝承・関連する話
【伝承】喪屋と鳥たち
古事記では、天若日子の弔いのとき、鳥たちがそれぞれの役目を務めた、と書かれています。
川雁は食べ物を運ぶ役、鷺は箒で掃く役、翡翠(かわせみ)は料理を作る役、雀は米をつく役、雉は泣き女の役。
そして八日八夜、歌い舞って弔いをした、と伝えられています。
下照姫命の悲しみのそばで、鳥たちが静かに働いている光景が目に浮かびます。
【伝承】喪山
阿遅鉏高日子根神が蹴飛ばした喪屋は、古事記によると、美濃国の藍見河の川上にある「喪山」になった、と伝えられています。
まとめ
- 下照姫命は、大国主命と多紀理毘売命の娘で、別名を高比売命といいます。
- 高天原から遣わされた天若日子の妻となりましたが、夫は天の返し矢に当たって亡くなりました。
- 夫を失った泣き声は風にのって天まで届き、天若日子の父や妻子が地上に降りてきました。
- 兄・阿遅鉏高日子根神の名を「夷振」の歌で明かし、その姿を輝く玉にたとえてたたえました。
- 名前の「下照る」は、あたり一面を照らすほど美しいことを表し、比売許曽神社や玉造稲荷神社でお祀りされています。
悲しみの声で天と地をつなぎ、歌で兄を照らした女神様。
その光は、今も大阪の神社で、静かに私たちを照らしてくれているんですよね。
よくある質問(FAQ)
Q. 下照姫命と高比売命は、同じ神様ですか?
A. はい、同じ神様です。古事記では、大国主命の娘・高比売命の「またの名」が下光比売命とされ、天若日子の物語では下照比売と書かれています。
Q. 下照姫命は、どんな活躍をした神様ですか?
A. 天若日子の妻となり、夫を失ったときの泣き声が天まで届きました。また、兄の阿遅鉏高日子根神の名を歌で明かしました。
Q. 夷振(ひなぶり)とは何ですか?
A. 古事記で、下照比売が兄の名を明かした歌につけられた名前です。宮廷で歌われた歌謡の曲名の一つと考えられています。
Q. 下照姫命は、どこでお祀りされていますか?
A. 大阪市東成区の比売許曽神社、大阪市中央区の玉造稲荷神社などでお祀りされています。
この記事は、古事記・日本書紀などの原典や、ネット上の資料を参考にまとめ、まこもが考察を加えたものです。考察の部分は「まこも考察」として書き分けています。
出典・参考文献
- 『古事記』上巻(大国主神の系譜、天若日子の派遣)原文
- 『日本書紀』巻第二 神代下(第九段 本文・一書第一)
- 國學院大學 古典文化学事業「古事記ビューアー」神名データベース「下照比売」 https://kojiki.kokugakuin.ac.jp/shinmei/shitaderuhimenomikoto/
- 玉造稲荷神社 公式サイト「ご祭神」 https://www.inari.or.jp/gosaishin
- 大阪市東成区「比賣許曽神社」 https://www.city.osaka.lg.jp/higashinari/page/0000000438.html


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