
この記事で分かること
阿遅鉏高日子根神(あじすきたかひこねのかみ)は、大国主命の子で、下照姫命の兄にあたる神様です。
古事記でたった数柱しかいない「大御神」の称号を持ち、「迦毛大御神(かものおおみかみ)」と呼ばれています。
天若日子とそっくりだったことから起きた騒動、妹が兄の名を明かした歌、出雲国風土記に残る不思議な子ども時代の話まで、史料と伝承に分けてお話しします。
阿遅鉏高日子根神を一言でいうと
光り輝くような姿で、古事記で「大御神」とたたえられた、奈良の葛城の鴨の神様です。
奈良県御所市の高鴨神社の主祭神で、全国のカモ(鴨・賀茂・加茂)神社の総本社ともいわれる神社にお祀りされています。
名前は長いけれど、実はとても位の高い神様。
それなのに、友人と間違えられて怒って喪屋を蹴飛ばしてしまう、ちょっと短気なところもある。
そのギャップが、なんだか親しみやすいんです。
名前の意味を見てみよう
國學院大學の神名データベースによると、名前の意味にはいくつもの説があります。
- あぢ(阿遅):「うまし」と同じ、ほめ言葉。ほかに、アジガモ(鴨)のこととする説、「たくさん」の意味とする説も
- すき(鉏):農具の鋤(すき)。ほかに、村や刃のこととする説も
- たかひこね(高日子根):敬称
「すばらしい鋤の、尊い男神」。
農具を神様にした名前だという説が、よく知られています。
農耕の神様、水の神様、蛇の神様、雷の神様、剣の神様など、神格にもいろいろな説があります。
阿遅鉏高日子根神のプロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 読み | あじすきたかひこねのかみ |
| 表記 | 阿遅鉏高日子根神・阿遅志貴高日子根神(古事記)/味耜高彦根神(日本書紀) |
| 別名 | 迦毛大御神(かものおおみかみ)(古事記) |
| 父 | 大国主命 |
| 母 | 多紀理毘売命(宗像の沖津宮の神様) |
| 妹 | 下照比売(高比売命) |
| 祀る神社 | 高鴨神社(奈良県御所市)など |
どの文献に出てくる?
古事記【史料】
大国主命の子
故、此大國主神、娶坐胸形奧津宮神・多紀理毘賣命、生子、阿遲鉏高日子根神、次妹高比賣命、亦名・下光比賣命、此之阿遲鉏高日子根神者、今謂迦毛大御神者也。
(『古事記』上巻・大国主神の系譜)
読みやすくしてみると、「この大国主神が、胸形の奥津宮にいらっしゃる多紀理毘売命を娶って生んだ子は、阿遅鉏高日子根神、次に妹の高比売命、またの名を下光比売命という。この阿遅鉏高日子根神は、今、迦毛大御神と呼ばれている神様である」。
「大御神(おおみかみ)」という呼び方は、古事記では、天照大御神や伊耶那岐大御神など、ほんのわずかな神様にしか使われていません。
國學院大學の神名データベースは、これが古事記の神様への敬称としては最高のものだと紹介しています。
天若日子とそっくり
天若日子が返し矢で亡くなったとき、阿遅志貴高日子根神は、友人として弔いにやって来ました。
ところが、その姿が天若日子とそっくりだったので、天若日子の父や妻子は「わが子は死んでいなかった」「わが君は死んでいなかった」と、手足に取りすがって泣きました。
於是阿遲志貴高日子根神、大怒曰「我者愛友故弔來耳。何吾比穢死人。」云而、拔所御佩之十掬劒、切伏其喪屋、以足蹶離遣。
読みやすくしてみると、「そこで阿遅志貴高日子根神は大いに怒って、『私は親しい友だから弔いに来たのだ。どうして私を穢れた死人と比べるのか』と言って、腰の十掬剣を抜いて喪屋を切り倒し、足で蹴飛ばしてしまった」。
その喪屋が落ちたところが、美濃国の藍見河の川上にある「喪山」だと、古事記は伝えています。
切り倒した剣の名は「大量(おおはかり)」、またの名を「神度剣(かむどのつるぎ)」といいます。
妹が名前を歌で明かす
怒って飛び去っていく兄の名を明かそうとして、妹の下照比売(高比売命)は、こう歌いました。
阿米那流夜 淤登多那婆多能 宇那賀世流 多麻能美須麻流 美須麻流邇 阿那陀麻波夜 美多邇 布多和多良須 阿治志貴多迦 比古泥能迦微曾也
「天にいる若い機織り女が首にかけた、玉を連ねた首飾り。その玉のように、谷を二つ渡って輝いているのは、阿遅志貴高日子根の神ですよ」。
飛び去る兄の姿が、谷を越えて光り輝く玉のように見えた。
國學院大學の神名データベースでは、この神様を雷神と捉える説も紹介されていて、谷を渡る光を稲妻と重ねる読み方もあるそうです。
日本書紀【史料】
日本書紀の第九段の本文では、「味耜高彦根神(あじすきたかひこねのかみ)」と書かれています。
天稚彦とは友人で、弔いに来たところ、姿がそっくりだったため親族に取りすがられ、怒って帯びていた剣「大葉刈(おおはがり)」、またの名を「神戸剣(かむどのつるぎ)」で喪屋を切り倒した、と書かれています。
その喪屋が落ちて山になったのが、美濃国の藍見川の川上にある喪山だ、とされています。
その他の文献【史料】
出雲国風土記:泣き続けた子
『出雲国風土記』には、「阿遅須枳高日子命(あじすきたかひこのみこと)」として登場します。
島根県古代文化センターの解説によると、仁多郡三津郷(みつのさと)の条には、こんな話があります。
大国主命(大穴持命)の子・阿遅須伎高日子命は、大人になってもひげが長く伸びても、夜も昼も泣いてばかりで、言葉を話すことができませんでした。
ところがある日、はじめて「三津(みつ)」と話します。
その場所はどこかと案内させると、そこから水が湧き出して、その水で体を清めた。
そのため、出雲国造が朝廷へ神賀詞を奏上しに行くときには、この水を使うのだ、と語られています。
言葉を話せなかった神様が、はじめて口にした言葉が、地名になった。
そしてその水が、出雲国造の祝詞に力を与える水になった。
とても不思議で、心に残る話です。
出雲国造神賀詞
國學院大學の神名データベースによると、『出雲国造神賀詞』では、大国主命が、子の阿遅須伎高孫根乃命(あじすきたかひこねのみこと)の御魂を「葛木の鴨の神奈備」に鎮めて、皇孫の近くを守る神にした、と語られています。
延喜式神名帳
『延喜式』には、大和国葛上郡に「高鴨阿治須岐託彦根命神社」が名神大社として載っています。
今の高鴨神社にあたります。
古史古伝での扱い
古史古伝での阿遅鉏高日子根神の扱いについては、内容を確かめられる資料が見つからなかったため、この記事では紹介を控えます。
御神徳(ご利益)
- 再生・復活、病気平癒:高鴨神社では、死んだ神々をもよみがえらせることができる、神力の強い神様とされ、再生復活・病気平癒の御神徳があると紹介されています(検索結果の要約による)。
- 農耕:名前の「鋤」から、農耕の神様とされることがあります。
祀る主な神社
高鴨神社(奈良県御所市)
金剛山の東のふもとにある神社で、大和の豪族・鴨氏の発祥の地とされ、全国のカモ(鴨・賀茂・加茂)神社の総本社ともいわれます。
御所市のページや神社の案内によると、主祭神は阿遅志貴高日子根命(迦毛之大御神)です。
『延喜式』では、月次・相嘗・新嘗の祭りに朝廷から幣帛を受ける名神大社とされていました。
古神道的な読み解き
出雲の神様か、葛城の神様か
阿遅鉏高日子根神は、大国主命の子で、出雲の神様とされます。
でも、國學院大學の神名データベースによると、古事記の「迦毛大御神」、出雲国風土記の「葛城の賀茂の社にいる」、出雲国造神賀詞の「葛木の鴨の神奈備」、延喜式の「高鴨阿治須岐託彦根命神社」という記述から、この神様のもとの姿は、大和の葛城地方で鴨氏がお祀りした神様だったと考えられています。
出雲と大和、二つの土地にまたがる神様。
それが、古事記で「大御神」と呼ばれるほど大切にされた理由の一つなのかもしれません。
天若日子と同じ神様?
天若日子の記事でも紹介したように、天若日子と阿遅鉏高日子根神は、もともと同じ神様の、死ぬ前と生まれ変わった後の別の名前だったのではないか、とする説があります(國學院大學 神名データベース)。
高鴨神社で「再生復活」の神様とされていることを思うと、この説はとても興味深く感じられます。
まこも考察
ここからはまこもの考察です。
阿遅鉏高日子根神の物語を読んでいて、僕は「言葉」について考えさせられました。
出雲国風土記では、この神様は、大人になっても泣いてばかりで、言葉を話せませんでした。
古事記では、死んだ友人と間違えられたとき、「私は友だから来たのだ」と怒りの言葉をぶつけて、喪屋を蹴飛ばして飛び去ります。
そしてその名前を明かしたのは、自分ではなく、妹の歌でした。
自分のことを、うまく言葉にできない神様。
でも、その神様がはじめて口にした「三津」という言葉は、水を湧かせ、出雲国造の祝詞を支える力になりました。
うまく話せなかったからこそ、最初の一言には、大きな力が宿ったのかもしれません。
言葉が出てこないときも、焦らなくていい。
本当に大切な一言は、きっと、いつか自分の中から湧き出してくる。
阿遅鉏高日子根神は、そんなことを教えてくれる神様のように思えるんです。
僕も原稿の最初の一文がなかなか出てこないとき、この神様のことを思い出すことにします。
ただ、僕の場合、最初に出てくる言葉はたいてい「おなかすいた」です。
他の神様とのつながり
- 大国主命:父
- 多紀理毘売命(たきりびめのみこと):母。宗像三女神の一柱
- 下照姫命:妹。兄の名を歌で明かした
- 天若日子:友人。姿がそっくりだった
- 事代主神:異母きょうだい。同じ葛城の鴨氏とゆかりの深い神様
- 一言主神:同じ葛城の神様
伝承・関連する話
【伝承】喪山の場所
喪屋が落ちてできた「喪山」の場所には、岐阜県美濃市大矢田の喪山とする説と、岐阜県不破郡垂井町の葬送山(喪山古墳)とする説などがあります(國學院大學 神名データベース)。
【伝承】三津か、三沢か
出雲国風土記の仁多郡の話は、これまで「三沢(みさわ)郷」の話として知られてきました。
島根県古代文化センターの解説によると、センターが刊行した『出雲国風土記 地図・写本編』では、従来とちがう本文を提示していて、この地名を「三津(みつ)」とし、話の結末の読み方も改めているそうです。
古い書物は、写本によって文字が少しずつちがうことがあります。
一つの文字のちがいで、物語の意味まで変わってしまうのが、古典のおもしろいところですね。
まとめ
- 阿遅鉏高日子根神は、大国主命と多紀理毘売命の子で、下照比売の兄です。
- 古事記では、天照大御神などとともに最高の敬称「大御神」を持ち、迦毛大御神と呼ばれています。
- 天若日子とそっくりだったため、死者と間違えられて怒り、喪屋を切り倒して蹴飛ばし、それが喪山になったと伝えられます。
- 妹の下照比売は、飛び去る兄の名を「夷振」の歌で明かし、その姿を輝く玉にたとえました。
- 出雲国風土記では、大人になっても泣き続け、はじめて「三津」と話した子として語られ、奈良の高鴨神社でお祀りされています。
言葉にするのが苦手で、でも光り輝くような姿を持つ神様。
その不器用さも含めて、とても愛おしい大御神なんですよね。
よくある質問(FAQ)
Q. 阿遅鉏高日子根神と迦毛大御神は、同じ神様ですか?
A. はい、同じ神様です。古事記に「この阿遅鉏高日子根神は、今、迦毛大御神と呼ばれている」と書かれています。
Q. 「大御神」とは、どういう意味ですか?
A. 古事記で神様につける最高の敬称で、天照大御神や伊耶那岐大御神など、ほんのわずかな神様にしか使われていません。
Q. なぜ天若日子と間違えられたのですか?
A. 古事記では、二柱の姿がとてもよく似ていたからだと書かれています。もともと同じ神様だったとする説もあります。
Q. 阿遅鉏高日子根神は、どこでお祀りされていますか?
A. 奈良県御所市の高鴨神社の主祭神としてお祀りされています。高鴨神社は、全国のカモ神社の総本社ともいわれています。
この記事は、古事記・日本書紀などの原典や、ネット上の資料を参考にまとめ、まこもが考察を加えたものです。考察の部分は「まこも考察」として書き分けています。
出典・参考文献
- 『古事記』上巻(大国主神の系譜、天若日子の派遣)原文
- 『日本書紀』巻第二 神代下(第九段 本文)原文
- 國學院大學 古典文化学事業「古事記ビューアー」神名データベース「阿遅志貴高日子根神」 https://kojiki.kokugakuin.ac.jp/shinmei/ajishikitakahikonenokami/
- 島根県古代文化センター「第57話 出雲国風土記三津郷の伝承を読みなおす」 https://shimane-kodaibunka.jp/history/history-1406/
- 御所市「高鴨神社」 https://www.city.gose.nara.jp/kankou/0000001387.html
- 高鴨神社 公式サイト https://takakamo.or.jp/


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