
この記事で分かること
菊理媛神(くくりひめのかみ)は、日本書紀にたった一度だけ登場する女神です。
しかも、その場面で何を言ったのかは書かれていません。
それなのに、今では全国三千余社の白山神社の御祭神として親しまれています。
謎だらけの女神の姿を、日本書紀の原文からたどってみます。
菊理媛神を一言でいうと
黄泉の国の入り口で、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)に何かを告げて、ほめられた女神様です。
何を言ったのかは誰にも分からない。
だからこそ、たくさんの人がその「言葉」を想像してきた神様でもあります。
名前の意味を見てみよう
読みは「くくりひめ」。
「きくりひめ」と読まれることもあります。
白山比咩神社の公式サイトでは、「くくり」は「括る(くくる)」にもつながり、和合の神様・縁結びの神様としても崇敬されている、と説明されています。
名前の由来については、ほかにもいくつかの説があります。
- 「潜る(くぐる)」に通じ、黄泉の国とこの世を行き来する神様とする説
- 「聞き入れる」に通じ、両方の言葉を聞いて取り次ぐ神様とする説
どれも諸説あるうちの一つで、はっきりしたことは分かっていません。
菊理媛神のプロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 読み | くくりひめのかみ(きくりひめ) |
| 表記 | 菊理媛神(日本書紀)、菊理媛尊(白山比咩神社) |
| 登場 | 日本書紀 第五段の一書(第十)にただ一度 |
| 古事記 | 登場しない |
| 場面 | 泉平坂(よもつひらさか)で伊弉諾尊に何かを申し上げた |
| 主な神社 | 白山比咩神社(石川県白山市)ほか全国の白山神社 |
| 主な御神徳 | 和合、縁結びなどとされる |
どの文献に出てくる?
日本書紀【史料】
菊理媛神が登場するのは、日本書紀の第五段にある「一書(あるふみ)」の一つです。
一書というのは、日本書紀が本文とは別に「こういう伝えもある」と並べて紹介している別の伝承のことです。
その場面は、伊弉諾尊が亡くなった妻・伊弉冉尊(いざなみのみこと)を追って黄泉の国へ行き、見てはいけない姿を見てしまったあとのことです。
及其與妹相鬪於泉平坂也、伊弉諾尊曰「始爲族悲、及思哀者、是吾之怯矣。」時、泉守道者白云「有言矣、曰、『吾、與汝已生國矣、奈何更求生乎。吾則當留此國、不可共去。』」是時、菊理媛神亦有白事、伊弉諾尊聞而善之。乃散去矣。
(『日本書紀』巻第一 神代上・第五段 一書第十)
読みやすくしてみると⋯⋯
伊弉諾尊と伊弉冉尊が、泉平坂で争ったとき、伊弉諾尊は「はじめに妻のために悲しみ、恋しく思ったのは、私が弱かったからだ」と言いました。
そのとき、泉守道者(よもつちもりびと)が「伊弉冉尊からのお言葉があります。『私はあなたと、もう国を生みました。どうしてこれ以上、生きることを求めるのでしょう。私はこの国にとどまります。一緒には行けません』と」と申し上げました。
このとき、菊理媛神もまた申し上げることがあり、伊弉諾尊はそれを聞いてほめました。
そして、そこから去っていきました。
これで全部です。
菊理媛神の登場は、「菊理媛神もまた申し上げることがあった」「伊弉諾尊はそれを聞いてほめた」という、たったそれだけなんです。
何を言ったのか?
ここがいちばんの謎です。
日本書紀は、菊理媛神の言葉を一文字も書いていません。
分かっているのは、
- 伊弉冉尊の言葉を伝える泉守道者と一緒の場面で申し上げたこと
- 伊弉諾尊がそれを聞いてほめたこと
- そのあと、伊弉諾尊は去っていき、みそぎへと向かったこと
の三つだけです。
そのため、菊理媛神は、言い争う二柱のあいだを取り持って、伊弉諾尊が納得して帰れるような言葉をかけたのではないか、と考えられてきました。
白山比咩神社の公式サイトでも、菊理媛尊は伊弉諾尊と伊弉冉尊の仲裁をした女神として紹介されています。
古事記【史料】
古事記には、菊理媛神は登場しません。
古事記では、黄泉比良坂を千引の石(ちびきのいわ)でふさぎ、伊邪那岐命と伊邪那美命が向かい合って「事戸(ことど)」、つまり別れの言葉を交わす場面になっています。
古史古伝での扱い
古史古伝での菊理媛神の扱いについては、内容を確かめられる資料が見つからなかったため、この記事では紹介を控えます。
白山比咩神社と白山信仰
菊理媛神が広く知られるようになったのは、石川県白山市の白山比咩神社(しらやまひめじんじゃ)の御祭神、白山比咩大神(しらやまひめのおおかみ)と同じ神様とされたからです。
白山比咩神社の公式サイトによると、
- 崇神天皇7年(紀元前91年)に舟岡山に創建されたと伝えられる
- 霊亀2年(716年)に「安久濤(あくど)の森」へ遷った
- 養老元年(717年)、泰澄(たいちょう)が白山に登拝した
- 加賀国一之宮で、全国三千余社の白山神社の総本宮
とされています。
御祭神は、白山比咩大神(菊理媛尊)と伊弉諾尊・伊弉冉尊です。
日本書紀の中で伊弉諾尊と伊弉冉尊のあいだに立った女神が、今は同じ神社で二柱と一緒にお祀りされている。
なんだか物語の続きを見ているようですね。
いつから同じ神様とされたの?(諸説あり)
白山の女神・白山比咩大神と、日本書紀の菊理媛神が、いつ、どうして同じ神様とされたのかは、はっきりしていません。
江戸時代には同じ神様とする考えが広まっていたとされますが、それより前のいきさつについては諸説あり、その理由は明らかではありません。
御神徳(ご利益)
白山比咩神社の公式サイトでは、菊理媛尊は「和合の神」「縁結びの神」としても崇敬を受けている、と紹介されています。
ほかにも、五穀豊穣、大漁満足、開運招福、家内安全、良縁成就、夫婦円満など、たくさんの御神徳が挙げられています。
祀る主な神社
- 白山比咩神社(石川県白山市):加賀国一之宮。全国の白山神社の総本宮
- 全国の白山神社:公式サイトによると三千余社
古神道的な読み解き
境目に立つ女神様
菊理媛神が現れるのは、泉平坂。
黄泉の国とこの世の、ちょうど境目です。
境目に立ち、両方の言葉を聞き、どちらかに伝える。
その姿は、道の境で災いを防ぐ久那斗神のような「境の神様」とも、どこか重なります。
「くくる」力
「括る」は、ばらばらのものをまとめて結ぶことです。
亡くなった妻と、生きている夫。
二度と一緒になれない二柱のあいだで、菊理媛神は何かを「くくった」のかもしれません。
それは縁を結び直すことだったのか、それとも、きれいに結びを解いて、別れを受け入れさせることだったのか。
まこも考察
ここからはまこもの考察です。
僕は、菊理媛神の言葉が書かれていないことこそが、この神様のいちばん大事なところだと思っています。
泉守道者は、伊弉冉尊の言葉をそのまま伝えました。
「一緒には行けません」。
とても悲しい、でもはっきりした別れの言葉です。
そのあとに菊理媛神が何かを言い、伊弉諾尊はそれをほめて、その場を去りました。
そして伊弉諾尊は、みそぎをして、新しい神様たちを生んでいきます。
つまり菊理媛神の言葉は、伊弉諾尊が過去をふり返るのをやめて、前に進むきっかけになったんです。
それがどんな言葉だったのか、僕には分かりません。
でも、大切な人を失った人の心を、責めずに、急かさずに、そっと前に向けるような言葉だったのではないかと想像します。
書かれていないからこそ、読む人はそれぞれ、自分がいちばん聞きたかった言葉をそこに重ねることができる。
千三百年も前の日本書紀が、わざと空けておいてくれた余白なのかもしれません。
ちなみに僕は、ケンカの仲裁に入ると、たいてい両方から怒られるので、菊理媛神のことは心から尊敬しています。
他の神様とのつながり
- 伊弉諾尊(伊邪那岐命):菊理媛神の言葉を聞いてほめた
- 伊弉冉尊(伊邪那美命):泉平坂で伊弉諾尊と向かい合った
- 泣沢女神:同じく伊邪那美命の死の場面に関わる女神
- 久那斗神:黄泉の国からの帰り道に生まれた、境を守る神様
- 寒川比古命・寒川比女命:江戸時代、寒川神社の御祭神を菊理媛とする説もあった
伝承・関連する話
【伝承】寒川神社の御祭神説
相模国一之宮の寒川神社では、江戸時代、御祭神が誰なのかについていくつもの説がありました。
その一つが、菊理媛だとする説です(『神奈川県史』)。
記紀に名前のない寒川の神様と、日本書紀に一度だけ現れる菊理媛。
どちらも「謎の神様」同士なのが、なんだか面白いですね。
【伝承】泰澄と白山の女神
白山比咩神社の公式サイトによると、養老元年(717年)に泰澄が白山に登拝しました。
泰澄は、白山を開いた修行者として知られています。
白山は、泰澄の登拝をきっかけに、修行の山としても信仰を集めるようになったと伝えられています。
菊理媛神が登場する作品・モデルになった作品
『一血卍傑』(ゲーム)
日本の神様や英雄をモチーフにしたキャラクターが登場するゲームで、「ククリヒメ」という名前のキャラクターが登場します。
まとめ
- 菊理媛神は、日本書紀の一書にただ一度だけ登場する女神で、古事記には登場しません。
- 泉平坂で伊弉諾尊に何かを申し上げ、伊弉諾尊はそれをほめましたが、言葉の中身は書かれていません。
- 白山比咩神社の御祭神・白山比咩大神と同じ神様とされ、全国三千余社の白山神社でお祀りされています。
- 「くくり」は「括る」にも通じ、和合・縁結びの神様として崇敬されています。
たった一行しか登場しないのに、千年以上も人々の心をひきつけてきた女神様。
その言葉を想像することが、菊理媛神と向き合う、いちばんの方法なのかもしれません。
よくある質問(FAQ)
Q. 菊理媛神は古事記に出てきますか?
A. 出てきません。日本書紀の第五段の一書(第十)に、ただ一度だけ登場します。
Q. 菊理媛神は伊弉諾尊に何と言ったのですか?
A. 日本書紀には書かれていません。伊弉諾尊がそれを聞いてほめた、とだけ記されています。
Q. 白山比咩大神と菊理媛神は同じ神様ですか?
A. 白山比咩神社では、白山比咩大神を菊理媛尊としてお祀りしています。いつから同じ神様とされたのかについては諸説あります。
Q. 菊理媛神はなぜ縁結びの神様なのですか?
A. 白山比咩神社の公式サイトによると、「くくり」が「括る」にも通じることから、和合の神・縁結びの神としても崇敬されています。
この記事は、古事記・日本書紀などの原典や、ネット上の資料を参考にまとめ、まこもが考察を加えたものです。考察の部分は「まこも考察」として書き分けています。
出典・参考文献
- 『日本書紀』巻第一 神代上(第五段 一書第十)原文
- 『古事記』上巻(黄泉の国)原文
- 白山比咩神社 公式サイト https://www.shirayama.or.jp/
- 白山比咩神社 公式サイト「白山さんについて」 https://www.shirayama.or.jp/about/
- 神奈川県県民部県史編集室 編『神奈川県史』(寒川神社の御祭神説)


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