寒川神社

その他

八幡神ってどんな神様?全国4万社の「八幡さま」と応神天皇、八幡大菩薩の不思議

全国におよそ4万社あるといわれる「八幡さま」。その総本宮・宇佐神宮の御祭神である八幡大神は、応神天皇の御神霊とされています。古事記や日本書紀に「八幡」の名は出てこないのに、どうして日本でいちばん多くお祀りされる神様になったのでしょうか。生まれたときの腕の「鞆」、朝廷から贈られた「八幡大菩薩」の名、源氏の守り神になった理由まで紹介します。
その他

寒川比古命・寒川比女命ってどんな神様?記紀に登場しない、関東を拓いた寒川大明神

相模国一之宮・寒川神社の御祭神、寒川比古命と寒川比女命。古事記にも日本書紀にも登場しないこの二柱は、関東を開拓した「寒川大明神」として信仰されてきました。平安時代は「寒川神」、江戸時代は八幡神説が有力だった御祭神が、明治時代に伊勢神宮の末社をもとに今の二柱に定められるまでの、不思議な歴史を紹介します。
その他

菊理媛神ってどんな神様?日本書紀に一度だけ現れ、伊弉諾尊に何かを告げた謎の女神

菊理媛神(くくりひめのかみ)は、日本書紀の一書にただ一度だけ登場する女神です。黄泉の国から逃げ帰った伊弉諾尊と、追ってきた伊弉冉尊が言い争う泉平坂で、菊理媛神は何かを申し上げ、伊弉諾尊はそれをほめました。でも、何を言ったのかは書かれていません。白山比咩神社の御祭神として「白山さん」と親しまれるようになった理由まで紹介します。
国津神

泣沢女神ってどんな神様?伊邪那岐命の涙から生まれ、香具山のふもとの泉に鎮まる女神

泣沢女神(なきさわめのかみ)は、伊邪那美命を失った伊邪那岐命が泣いたとき、その涙から生まれた女神です。奈良の香具山のふもとには、本殿がなく、井戸を御神体とする畝尾都多本神社があり、この女神をお祀りしています。万葉集に詠まれた「泣沢の神社」、葬儀で泣く「泣き女」の習俗、そして涙と泉と命の復活をめぐる説まで紹介します。
古神道入門

八方除と方位の信仰とは?鬼門・裏鬼門・方違え・恵方をやさしく解説

「鬼門」「裏鬼門」「方違え」「恵方」。今も暮らしの中に残る方角の信仰は、どこから来たのでしょうか。京都御所の角が欠けている「猿ヶ辻」、江戸城の鬼門を守った寛永寺、光源氏が方違えで出かけた先での出会い、そして「全国唯一の八方除の守護神」寒川神社まで、方位をめぐる不思議な信仰を紹介します。
伝承と昔話

国府祭と座問答とは?相模国の六社が集まり、千年「いずれ明年まで」を続けるお祭り

毎年5月5日、神奈川県大磯町に相模国の一之宮から四之宮、平塚八幡宮、そして総社・六所神社が集まる「国府祭(こうのまち)」。寒川神社と川勾神社が虎の皮を敷き合って一之宮の座を争い、三之宮の宮司が「いずれ明年まで」と仲裁する「座問答」は、千年以上決着がついていません。国司と総社の関係、鷺の舞、空高く放り上げられる粽まで紹介します。
伝承と昔話

浜降祭とは?夜明けの茅ヶ崎の海に神輿が入る「みそぎ」の祭りと、川で消えた御神体の伝説

毎年7月の海の日、夜明けの茅ヶ崎の海に約40基の神輿が集まり、「どっこい、どっこい」の掛け声とともに海へ入っていく浜降祭(はまおりさい)。その起源には、川で行方不明になった寒川神社の御神体を、漁師の孫七さんが見つけたという伝承と、鶴嶺八幡宮の古いみそぎの神事という、二つの流れがあります。神輿が海に入る意味や、よく似た江の島の天王祭まで紹介します。
古神道入門

追儺(鬼やらい)と節分とは?黄金四つ目の方相氏から「鬼は外、福は内」の豆まきまで

節分の豆まきのルーツは、宮中で大晦日に行われた「追儺(ついな)」という儀式でした。黄金の四つの目を持つ仮面をつけた「方相氏(ほうそうし)」が、目に見えない疫鬼を追い払う。ところが平安時代の終わりごろ、その方相氏のほうが鬼として追われるようになります。慶雲3年(706年)の記録から、室町時代の「鬼は外、福は内」、寒川神社の浄闇の追儺祭まで、鬼やらいの歴史をたどります。
神奈川

寒川神社ってどんな神社?全国唯一の八方除の守護神、相模国一之宮

神奈川県寒川町の寒川神社は、「全国唯一の八方除の守護神」として知られる相模国一之宮です。記紀に登場しない謎の神・寒川大明神、江戸の裏鬼門を守るように南西を向く社殿、起源の泉「難波の小池」、武田信玄が奉納した兜、御神体が川で行方不明になったことから始まった浜降祭、毎年決着を先送りする国府祭の「座問答」まで紹介します。