この記事で分かること
毎年7月の海の日、まだ暗い茅ヶ崎の海岸に、たくさんの神輿が集まってきます。
夜明けとともに、神輿は掛け声も勇ましく海の中へ。
「浜降祭(はまおりさい)」と呼ばれるこのお祭りには、川で行方不明になった御神体をめぐる、不思議な言い伝えがあります。
神輿が海に入る理由と、二つの神社の物語をお話しします。
浜降祭を一言でいうと
夜明けの海で、神輿と神様が「みそぎ」をするお祭りです。
茅ヶ崎市の公式サイトでは「暁の祭典」と紹介されています。
茅ヶ崎市と寒川町の各神社から、大小合わせて約40基の神輿が茅ヶ崎西浜海岸に集まり、「どっこい、どっこい」という相州神輿独特の掛け声とともに、砂浜いっぱいに練り歩きます。
浜降祭のプロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 読み | はまおりさい |
| 日にち | 7月第3月曜日(海の日) |
| 場所 | 茅ヶ崎西浜海岸(神奈川県茅ヶ崎市) |
| 神輿 | 茅ヶ崎市と寒川町の各神社から約40基 |
| 中心となる神社 | 寒川神社、鶴嶺八幡宮(つるみねはちまんぐう。八幡さまをお祀りする) |
| 指定 | 神奈川県の無形民俗文化財(昭和53年)、かながわのまつり50選(昭和57年) |
浜降祭の一日
茅ヶ崎市の公式サイトによると、おおまかな流れは次のとおりです。
- 午前4時30分ごろ:一番神輿が会場に入場(7時までに順次入場)
- 7時から:浜降祭合同祭
- 8時ごろ:いっせいに「お発ち」(それぞれの神輿が帰り道へ)
神輿が海に入るのは、入場する5時から7時のあいだと、お発ちの8時ごろです。
市の公式サイトでは、お発ちのときに海に入ることが多いので、8時ごろがおすすめ、と案内されています。
ただし、天候によっては海に入らないこともあるそうです。
鶴嶺八幡宮の説明によると、鶴嶺八幡宮では午前3時に「神幸発輿祭」を終えて、まだ明けやらぬ境内を出発します。
提灯の灯りを揺らしながら、長い参道の「八丁松並木」を進む神輿の姿は、幻想的だそうです。
起源その1:川で消えた御神体【伝承】
浜降祭の起源には、茅ヶ崎市の公式サイトによると「諸説がある」とされています。
その一つが、寒川神社の御神体をめぐる言い伝えです。
天保9年(1838年)、寒川神社の神輿が、毎年春に大磯町で行われる国府祭(こうのまち)に渡御した帰り道のことです。
相模川の渡し場で、寒川の氏子たちが争いを起こし、御神体が川に落ちて行方不明になってしまいました。
その数日後、南湖(なんご)の網元だった孫七さんが、漁の最中にこの御神体を見つけ、寒川神社に届けました。
それをきっかけに、毎年、寒川神社の神輿がお礼のために南湖の浜へ行き、「禊(みそぎ)」をするようになった、と言い伝えられています。
神様が川で行方不明になり、海で漁師さんに見つけてもらう。
浜降祭は、その「ありがとう」から始まった、というお話です。
起源その2:鶴嶺八幡宮の古いみそぎ【史料】
一方で、茅ヶ崎市の公式サイトによると、江戸時代後期に幕府がまとめた『新編相模国風土記稿』には、鶴嶺八幡宮では、寒川神社のお礼参りよりずっと古い時代から、心身の罪や穢れを清めるみそぎの神事のために、毎年浜辺への渡御が行われていたと書かれています。
鶴嶺八幡宮の説明によると、江戸時代までは、境内の佐塚明神社の例祭として、旧暦6月29日に「晦日祭(みそげさい)」が行われ、七か村の神輿が南湖の浦に渡御して「浜祈祷」をしていたそうです。
昔は、今の国道1号線に面した赤い大鳥居の近くまで海があり、大門の先でみそぎが行われていたといわれます。
二つの流れが一つに
茅ヶ崎市の公式サイトによると、こうした二つの神社の伝承が、後の時代に合わさって定着しました。
- 明治9年(1876年):旧暦6月29日のみそぎの神事を新暦の7月15日と定め、「浜降祭」と呼ばれるようになる
- 大正12年ごろ:寒川神社と鶴嶺八幡宮の合同祭典として、今の形で続くようになる(鶴嶺八幡宮の説明)
- 平成9年(1997年):例祭日を7月20日に変更
- 平成16年:祝日の改正にともない、7月の海の日(第3月曜日)に変更
「浜降祭」という名前は、鶴嶺八幡宮と寒川神社が合同で神事を行うようになってから呼ばれるようになった名前だそうです(鶴嶺八幡宮の説明)。
寒川神社では、今も7月15日に「浜降古式祭」が行われています(寒川神社 公式サイト)。
神輿が海に入るのはなぜ?
みそぎ
いちばん大きな理由は「みそぎ」です。
みそぎは、水で身を清めて、罪や穢れを祓うことです。
古事記では、黄泉の国から帰った伊邪那岐命が、海辺の水で身を清めたときに、天照大御神や須佐之男命などの神様が生まれました。
海の水で清めることは、日本の神道でとても大切にされてきた考え方なんです。
鶴嶺八幡宮の説明では、浜降祭はもともと、氏子たちが「いつも見守ってくださる氏神様に、新たなお力をつけていただき、これから先も見守ってください」という崇敬の気持ちから始まったものだ、と紹介されています。
神様に海で清らかになっていただき、力を新しくしていただく。
そんな願いがこめられているんですね。
神様が現れた場面の再現
もう一つ、面白い考え方があります。
それは、神輿が海に入るのは、神様が海から現れた場面を再現している、というものです。
よく似たお祭り:江の島の天王祭【伝承】
浜降祭の「水の中から御神体が見つかった」という話には、よく似た例があります。
江の島の八坂神社の例祭、いわゆる「江の島天王祭」です。
江島神社の公式サイトによると、その昔、江の島の海で漁をしていた「大海士(たいかいし)」と呼ばれる素潜りの漁師が、岩屋の沖に沈んでいた須佐之男命の御神像を引き上げました。
この御神像は、対岸の腰越にある小動(こゆるぎ)神社でお祀りされていたものと分かりましたが、江の島にお祀りされることになりました。
これが八坂神社の鎮座の伝承です。
毎年7月の例祭では、八坂神社の神輿が海に入る「海上渡御」が行われます。
江島神社の公式サイトでは、神輿が海に入るのは「禊」の意味だけでなく、海の中から現れた神様を表し、お祭りの始まりの場面を再現する意味がある、と説明されています。
川で行方不明になり、漁師に見つけられた寒川神社の御神体。
海の底から、漁師に引き上げられた江の島の御神像。
どちらも、海の男たちが神様を見つけ、そこからお祭りが始まっています。
湘南の海辺では、神様と漁師さんがとても近い関係にあったのかもしれません。
古神道的な読み解き
海と神様
海は、豊かな恵みをもたらすと同時に、穢れを流し去る場所でもあります。
そして、遠い海のかなたから神様がやって来るとも考えられてきました。
浜降祭で神輿が夜明けの海に入る姿は、神様が海で清められ、新しい力をまとって陸に戻ってくる、その瞬間を目に見える形にしたものといえそうです。
夜明けという時間
浜降祭は、夜明けのお祭りです。
夜から朝へ、闇から光へ。
一日のうちで、世界がいちばん大きく変わる時間に、神様も海で生まれ変わる。
「暁の祭典」という呼び名には、そんな意味も重なっているように感じます。
まこも考察
ここからはまこもの考察です。
浜降祭の起源の話で、僕がいちばん心を動かされたのは、「お礼のために毎年浜へ行くようになった」という部分です。
神様を見つけてくれた漁師さんへの、そして海への感謝。
それを一度きりで終わらせず、毎年、神輿を担いで浜まで行く。
しかも、それが二百年近くたった今も続いている。
もともと浜でみそぎをしていた鶴嶺八幡宮と、お礼に浜へ通うようになった寒川神社。
二つの神社が「それなら一緒にやりましょう」と相談して、一つのお祭りになった。
国府祭の座問答が「争いを先送りにする知恵」だとしたら、浜降祭は「ちがう由来を一つにまとめる知恵」なのかもしれません。
寒川神社の神輿は、国府祭で一之宮の座を争い、その帰り道に御神体を川で失い、海で見つけてもらった。
一年の中で、争いと、失うことと、見つけてもらうことと、感謝することが、ぐるりとつながっているように見えます。
ちなみに僕は、朝4時半に起きられる自信がまったくないので、浜降祭を見に行くときは前の晩から寝ないで行くしかなさそうです。
まとめ
- 浜降祭は、毎年7月の海の日に、茅ヶ崎西浜海岸に約40基の神輿が集まり、夜明けの海でみそぎをするお祭りです。
- 起源の一つは、天保9年(1838年)に川で行方不明になった寒川神社の御神体を、南湖の網元・孫七さんが見つけたという伝承です。
- もう一つは、鶴嶺八幡宮が古くから行っていた浜でのみそぎの神事です。
- 二つの流れが合わさり、明治9年(1876年)に「浜降祭」と呼ばれるようになりました。
- 神奈川県の無形民俗文化財で、かながわのまつり50選にも選ばれています。
海で見つけてもらった神様が、毎年お礼に海へ帰ってくる。
夜明けの海に入る神輿の姿には、二百年分の「ありがとう」がこめられているのかもしれません。
よくある質問(FAQ)
Q. 浜降祭はいつ行われますか?
A. 毎年7月の第3月曜日(海の日)です。一番神輿の入場は午前4時30分ごろです。
Q. 神輿が海に入るのは何時ごろですか?
A. 茅ヶ崎市の公式サイトによると、入場時の5時から7時のあいだと、お発ちの8時ごろです。お発ちのときに海に入ることが多いそうです。天候によっては海に入らないこともあります。
Q. 浜降祭の起源は何ですか?
A. 茅ヶ崎市の公式サイトによると諸説あり、寒川神社の御神体が川で行方不明になり漁師が見つけたという伝承と、鶴嶺八幡宮の古いみそぎの神事の二つが、後に合わさったとされています。
Q. 浜降祭は文化財ですか?
A. 昭和53年に神奈川県の無形民俗文化財に指定され、昭和57年には「かながわのまつり50選」に選ばれています。
この記事は、古事記・日本書紀などの原典や、ネット上の資料を参考にまとめ、まこもが考察を加えたものです。考察の部分は「まこも考察」として書き分けています。
出典・参考文献
- 茅ヶ崎市「茅ヶ崎海岸浜降祭について」 https://www.city.chigasaki.kanagawa.jp/kankou_list/event/1006906/1006924.html
- 鶴嶺八幡宮 公式サイト「浜降祭」 https://www.tsuruminehachimangu.com/hamaorisai/
- 寒川神社 公式サイト「神社の年間の祭典」 https://samukawajinjya.jp/festival/
- 江島神社 公式サイト「八坂神社例祭」 http://enoshimajinja.or.jp/yasakajinjareisai/
- 『古事記』上巻(みそぎ)原文


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