泣沢女神ってどんな神様?伊邪那岐命の涙から生まれ、香具山のふもとの泉に鎮まる女神

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森の泉に金色の光のしずくが落ち、波紋が広がるイメージイラスト
泣沢女神のイメージイラストです

この記事で分かること
泣沢女神(なきさわめのかみ)は、伊邪那岐命の涙から生まれた女神様です。

奈良の香具山のふもとには、本殿がなく、井戸を御神体とする神社があり、今もこの女神様をお祀りしています。
涙の神様なのか、泉の神様なのか。
古事記・日本書紀・万葉集から、この小さな女神様の大きな謎をお話しします。

泣沢女神を一言でいうと

最愛の妻を失った伊邪那岐命の、悲しみの涙から生まれた女神様です。

国を生み、神々を生んだ伊邪那岐命と伊邪那美命。
その二柱の物語が、いちばん悲しい場面を迎えたときに生まれたのが、泣沢女神なんです。

名前の意味を見てみよう

國學院大學の神名データベースによると、読みは「なきさわめのかみ」(歴史的仮名遣いでは「なきさはめのかみ」)です。

「ナキサハ」の意味については、大きく二つの考え方があります。

  • 泣き+沢(さわ):水音のする沢や泉のことで、もともとは水の神様だったとする説
  • 泣き+多(さわ):「たくさん泣く」という意味で、もともとは泣くことの神様だったとする説

どちらが先だったのかは分かっていません。
國學院大學の神名データベースでは、古事記の「泣」の字は涙を、日本書紀の「啼」の字は声をあげて泣くことを強調している、という説も紹介されています。

泣沢女神のプロフィール

項目内容
読みなきさわめのかみ
表記泣沢女神(古事記)/啼沢女命(日本書紀)
生まれ伊邪那岐命が泣いたときの涙から
鎮座地香山(かぐやま)の畝尾(うねお)の木本(このもと)
神社畝尾都多本神社(奈良県橿原市)
万葉集「泣沢の神社」として詠まれている
性格泉・水の神様とする説、泣くことの神様とする説など

どの文献に出てくる?

古事記【史料】

伊邪那美命は、火の神様・迦具土神を生んだために、やけどを負って亡くなってしまいます。

故爾伊邪那岐命詔之「愛我那邇妹命乎、謂易子之一木乎」、乃匍匐御枕方、匍匐御足方而哭時、於御淚所成神、坐香山之畝尾木本、名泣澤女神。
(『古事記』上巻・伊邪那美命の死)

読みやすくしてみると⋯⋯

伊邪那岐命は「愛しい妻を、たった一人の子と引きかえにしてしまうとは」と言って、伊邪那美命の枕のほうに腹ばいになり、足のほうに腹ばいになって泣きました。
そのとき、その涙から生まれた神様が、香山の畝尾の木本にいらっしゃる、泣沢女神です。

枕元に、足元に、はいつくばって泣く。
国を生んだ偉大な神様が、ここではただの、妻を失った一人の夫として描かれています。

このすぐあと、伊邪那岐命は剣を抜いて迦具土神を斬り、そして伊邪那美命を追って黄泉の国へ向かうことになります。

日本書紀【史料】

日本書紀の第五段の一書(第六)にも、同じ場面があります。

則匍匐頭邊、匍匐脚邊而哭泣流涕焉、其淚墮而爲神、是卽畝丘樹下所居之神、號啼澤女命矣。

「頭のほうに腹ばい、足のほうに腹ばいになって、声をあげて泣き、涙を流した。その涙が落ちて神様となった。これが畝丘(うねお)の樹下にいらっしゃる神様で、啼沢女命(なきさわめのみこと)という」。

日本書紀では「啼」の字が使われていて、声をあげて泣く様子が強く表されています。

万葉集【史料】

万葉集の巻第二には、高市皇子(たけちのみこ)が亡くなったときの歌に関連して、こんな一首があります(2・202)。

泣沢の神社に神酒据ゑ祈れども我が大君は高日知らしぬ

「泣沢の神社にお神酒を供えて祈ったけれど、わが大君は天へと昇ってしまわれた」。

大切な人の命が助かるように、泣沢の神社に祈った。
でも、その願いはかなわなかった。
國學院大學の神名データベースによると、この歌の左注には、檜隈女王(ひのくまのおおきみ)が泣沢の神社を恨んだ歌だとする説も引かれています。
奈良時代の人々が、泣沢の神様に「命を取り戻す力」を願っていたことがうかがえる歌です。

古史古伝での扱い

古史古伝での泣沢女神の扱いについては、内容を確かめられる資料が見つからなかったため、この記事では紹介を控えます。

畝尾都多本神社(うねおつたもとじんじゃ)

古事記の「香山の畝尾の木本」は、『延喜式』神名帳の大和国十市郡「畝尾都多本神社」にあたると考えられています(國學院大學 神名データベース)。

この神社は、香具山の西のふもと、今の奈良県橿原市木之本町にあります。
國學院大學の神名データベースによると、

  • 本殿がなく、空井戸を御神体としている
  • 境内は全体が森になっている
  • 北側が一段低くなっていて、古代の埴安池(はにやすのいけ)の一部か、その水源だったと考えられている

とのことです。

涙から生まれた神様が、泉や井戸に鎮まっている。
名前の「沢」と、涙の「水」が、ここで一つにつながっているんです。

御神徳(ご利益)

泣沢女神について、はっきりした御神徳が伝えられているわけではありません。
ただ、万葉集の歌からは、命が助かるように祈る神様として信仰されていたことが分かります。
また、泉の神様とする説からは、水の恵みに関わる神様として考えることもできます。

祀る主な神社

  • 畝尾都多本神社(奈良県橿原市木之本町):香具山の西麓。本殿がなく、井戸を御神体とする

古神道的な読み解き

泣き女(哭女)の起源?

國學院大學の神名データベースによると、昔の葬儀には、大声で激しく泣く役目の「哭女(なきめ)」、いわゆる「泣き女」がいました。
この習俗は中国や朝鮮にもあり、日本では昭和のはじめごろまで各地にわずかに残っていたそうです。

葬儀で泣くことの意味については、

  • 亡くなった人の荒ぶる魂を鎮めるため
  • 魂を呼び戻して生き返らせるため

という説があります。
泣沢女神は、この「泣き女」の起源を語る神様だったのではないか、とする説もあります。

天若日子が亡くなったときも、妻の泣き声が天まで届き、八日八夜の弔いが行われました。
古代の人々にとって、「泣く」ことは、ただ悲しむこと以上の意味を持っていたのかもしれません。

涙と泉と、命の復活

國學院大學の神名データベースでは、泉が命の復活の信仰と結びつくのは世界的にも例があり、香具山のふもとの湧き水が、黄泉の国とつながって命の復活の信仰と結びついていたのではないか、という説も紹介されています。

伊邪那岐命の涙から生まれた神様が、泉に鎮まり、人々は命が助かるように祈った。
涙と、泉と、祈り。
すべてが「失われた命を取り戻したい」という願いでつながっています。

まこも考察

ここからはまこもの考察です。

泣沢女神が生まれた直後に、伊邪那岐命は黄泉の国へ向かいます。
僕はこの順番に、大事な意味があるような気がしています。

泣いて、泣いて、泣き尽くした涙から、一柱の神様が生まれた。
そして伊邪那岐命は、ただ泣くだけでなく、妻を取り戻しに行こうと立ち上がった。

國學院大學の神名データベースには、泣き叫ぶことで、あの世への道が開かれたのではないか、という説も紹介されています。
そう考えると、泣沢女神は、ただの「悲しみの神様」ではなく、「悲しみから一歩を踏み出す力」の神様だったのかもしれません。

黄泉の国の出口で菊理媛神が伊弉諾尊を前に向かせたように、入口では泣沢女神が伊邪那岐命を送り出した。
伊邪那岐命の旅は、二柱の女神様にはさまれていたのかもしれません。

ちなみに僕は、映画を見るとすぐ泣いてしまうのですが、残念ながら僕の涙からは、今のところ神様は一柱も生まれていません。

他の神様とのつながり

  • 伊邪那岐命:泣沢女神を生んだ。その涙から生まれた
  • 伊邪那美命:泣沢女神が生まれるきっかけとなった、亡くなった妻
  • 迦具土神:伊邪那美命が亡くなる原因となった火の神様
  • 菊理媛神:黄泉の国の出口で伊弉諾尊に言葉をかけた女神
  • 天若日子:その死を悼んで、泣き声が天まで届いた
  • 寒川比古命・寒川比女命:江戸時代、寒川神社の御祭神を「沢女神」とする説もあった

伝承・関連する話

【伝承】寒川神社の御祭神説

相模国一之宮の寒川神社では、江戸時代、御祭神についていくつもの説がありました。
その一つが「沢女神(さわめのかみ)」とする説です(『神奈川県史』)。
寒川神社には、起源の泉とされる「難波の小池」があります。
泉の神様とする説と重ねると、少し興味深いですね。
ただし、この説がどういう理由で出てきたのかは明らかではありません。

泣沢女神が登場する作品・モデルになった作品

『万葉集』巻第二(202番歌)

上で紹介した「泣沢の神社に神酒据ゑ祈れども」の歌です。
千三百年ほど前の人々の祈りと悲しみが、そのまま残っています。

まとめ

  • 泣沢女神は、伊邪那美命を失った伊邪那岐命の涙から生まれた女神様です。
  • 古事記では「香山の畝尾の木本」にいらっしゃるとされ、奈良県橿原市の畝尾都多本神社にあたると考えられています。
  • 畝尾都多本神社は、本殿がなく、井戸を御神体としています。
  • 名前には、泉や沢の水の神様とする説と、たくさん泣く神様とする説があります。
  • 万葉集には、命が助かるように「泣沢の神社」に祈った歌が残っています。

悲しみの涙から生まれて、泉に鎮まり、命を願う人の祈りを受け止めてきた女神様。
泣くことは弱さではなく、次の一歩のはじまりなのかもしれません。

よくある質問(FAQ)

Q. 泣沢女神はどうやって生まれたのですか?
A. 古事記によると、伊邪那美命が亡くなったとき、伊邪那岐命が枕元と足元に腹ばいになって泣き、その涙から生まれました。

Q. 泣沢女神はどこにお祀りされていますか?
A. 古事記には「香山の畝尾の木本」にいるとあり、奈良県橿原市の畝尾都多本神社にあたると考えられています。

Q. 畝尾都多本神社に本殿がないのは本当ですか?
A. 國學院大學の神名データベースによると、本殿はなく、空井戸を御神体としています。

Q. 泣沢女神は何の神様ですか?
A. 泉や沢の水の神様とする説や、葬儀で泣く「泣き女」の起源に関わる神様とする説などがあります。

この記事は、古事記・日本書紀などの原典や、ネット上の資料を参考にまとめ、まこもが考察を加えたものです。考察の部分は「まこも考察」として書き分けています。

出典・参考文献

  • 『古事記』上巻(伊邪那美命の死)原文
  • 『日本書紀』巻第一 神代上(第五段 一書第六)原文
  • 『万葉集』巻第二(202番歌)
  • 國學院大學 古典文化学事業「古事記ビューアー」神名データベース「泣沢女神」 https://kojiki.kokugakuin.ac.jp/shinmei/nakisawamenokami/
  • 神奈川県県民部県史編集室 編『神奈川県史』(寒川神社の御祭神説)

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