
この記事で分かること
久那斗神(くなどのかみ)は、道の分かれ目や村の境に立って、悪いものが入ってくるのを防ぐ神様です。
日本書紀では「岐神(くなどのかみ)」と書かれ、伊邪那岐命が投げた杖から生まれました。
「ここから先へは来るな」という名前の意味、古事記の衝立船戸神との関係、国譲りでの道案内、そして道祖神へのつながりまで、史料と伝承に分けてお話しします。
久那斗神を一言でいうと
「ここから先へは来るな」と、境目で悪いものを押しとどめる、道と境の神様です。
茨城県神栖市の息栖神社の主神で、厄除け、交通安全の神様として信仰されています。
村の入り口や道の分かれ目に立つ、道祖神(どうそじん)の石像を見たことはありませんか。
久那斗神は、その道祖神のご先祖さまのような神様なんです。
名前の意味を見てみよう
「くなど」には、いくつかの説があります(國學院大學 神名データベース「衝立船戸神」)。
- 来な門(くなと):「来るな、という門」。ここから先へ来てはいけない、という境目のこと
- ふなど(船門)の音の変化:船が出入りする港のこと
- 曲門(くなと):道が曲がりくねった場所のこと
いちばん分かりやすいのは、「来な(来るな)+と(門・所)」という説でしょう。
日本書紀の一書第九では、この神様のもともとの名前を「来名戸之祖神(くなどのさえのかみ)」としています。
「来るな」と言って境目に立つ神様。
名前そのものが、この神様の役目を表しているんですね。
久那斗神のプロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 読み | くなどのかみ |
| 表記 | 岐神(日本書紀)、来名戸之祖神(日本書紀 一書第九)、久那斗(道饗祭の祝詞) |
| 古事記での名前 | 衝立船戸神(つきたつふなどのかみ)にあたるとされる |
| 生まれ | 伊邪那岐命が投げた杖から生まれた |
| 役割 | 道の分かれ目や境で、悪いものを防ぐ。国譲りでは経津主神の道案内 |
| 祀る神社 | 息栖神社(茨城県神栖市)の主神など |
どの文献に出てくる?
古事記【史料】
古事記には「久那斗神」「岐神」という名前は出てきません。
でも、同じ神様にあたるとされるのが、「衝立船戸神(つきたつふなどのかみ)」です。
伊邪那岐命は、黄泉の国から逃げ帰ったあと、穢れを清めるために、筑紫の日向の橘の小門の阿波岐原で禊(みそぎ)をします。
そのとき、身につけていたものを次々に投げ捨てると、そこから神様が生まれました。
故、於投棄御杖所成神名、衝立船戸神。
(『古事記』上巻・みそぎ)
読みやすくしてみると、「そこで、投げ捨てた杖から生まれた神様の名は、衝立船戸神という」。
「衝き立つ(つきたつ)」は、杖を地面に突き立てること。
「船戸(ふなど)」は、港や出入り口のこと。
出入り口に杖を突き立てて、「ここから先は通さない」としるしをつける。
そんな姿が、名前から浮かんできます。
このとき、帯や衣、冠などからも神様が生まれていて、道俣神(ちまたのかみ、道の分かれ目の神様)など、道や旅に関わる神様が多く含まれています。
日本書紀【史料】
一書第六:「ここから先へは来るな」
日本書紀の第五段の一書第六では、伊弉諾尊(いざなきのみこと)は、黄泉の国から追ってきた伊弉冉尊(いざなみのみこと)と、泉津平坂(よもつひらさか)で向かい合います。
そして、別れの言葉を交わしたあと、こう言って杖を投げました。
因曰「自此莫過。」卽投其杖、是謂岐神也。
(『日本書紀』巻第一・第五段 一書第六)
読みやすくしてみると、「そして『ここから先へは来るな』と言って、杖を投げた。これを岐神という」。
國學院大學の神名データベースによると、ここでの「岐神」には「布那斗能加微(ふなとのかみ)」という読みが注に記されています。
一書第九:来名戸之祖神
一書第九では、伊弉諾尊が、追いかけてくる八柱の雷神(いかづちのかみ)に桃の実を投げて追い払ったあと、杖を投げてこう言います。
時伊弉諾尊、乃投其杖曰「自此以還、雷不敢來。」是謂岐神、此本號曰來名戸之祖神焉。
「そのとき伊弉諾尊は杖を投げて、『ここから先へは、雷は来られない』と言った。これを岐神という。もとの名は来名戸之祖神という」。
「祖神(さえのかみ)」の「さえ」は「塞ぐ(ふさぐ)」ことで、村の境で悪いものを塞ぐ「塞の神(さえのかみ)」の名前につながっています。
第九段 一書第二:国譲りの道案内
岐神は、国譲りの場面にも登場します。
国を譲ることに決めた大己貴神(おおあなむちのかみ、大国主命のこと)は、岐神を二柱の使いに推薦しました。
乃薦岐神於二神曰「是當代我而奉從也。吾將自此避去。」
(『日本書紀』巻第二・第九段 一書第二)
「そして岐神を二柱の神様に推薦して、『この神が私の代わりにお仕えします。私はここから去りましょう』と言った」。
故經津主神、以岐神爲鄕導、周流削平。
「そこで経津主神は、岐神を道案内にして、各地をめぐって平定した」。
黄泉の国との境を守った神様が、今度は国譲りの道案内をつとめる。
境を知りつくした神様だからこそ、道案内にぴったりだったのかもしれません。
その他の文献【史料】
道饗祭(みちあえのまつり)の祝詞
平安時代の『延喜式』に載る「道饗祭」の祝詞には、「八衢比古(やちまたひこ)」「八衢比売(やちまたひめ)」と並んで、「久那斗」の名前が見えます。
都の四隅の道で、根の国・底の国からやって来る悪いものを防ぐように祈るお祭りでした(國學院大學 神名データベース)。
先代旧事本紀
平安時代の初めごろにまとめられたとされる『先代旧事本紀』には、岐神・来名戸神・衝立船戸神の名前が見えます(國學院大學 神名データベース)。
古史古伝での扱い
古史古伝での久那斗神の扱いについては、内容を確かめられる資料が見つからなかったため、この記事では紹介を控えます。
御神徳(ご利益)
息栖神社の公式サイトでは、久那斗神は次のような神様とされています。
- 厄除け・招福:境目で悪いものを防ぎ、よいものを招く神様
- 交通守護:道や旅の安全を守る神様
- 井戸の神様:清らかな水を守る神様
祀る主な神社
息栖神社(茨城県神栖市)
久那斗神を主神とする神社で、相殿に天乃鳥船神と住吉三神をお祀りしています。
鹿島神宮・香取神宮とともに「東国三社」と呼ばれています。
息栖神社の公式サイトでも、日本書紀で経津主神と建御雷神が遣わされたとき、久那斗神がその先導をした、と紹介されています。
くわしくは息栖神社の記事で紹介しています。
各地の道祖神・塞の神
村の入り口や峠、道の分かれ目に、石の道祖神や塞の神がお祀りされていることがあります。
そうした道祖神の中には、岐神(久那斗神)とされるものもあります【伝承】。
地域によっては、猿田毘古神が道祖神とされることもあります。
古神道的な読み解き
杖と境界
國學院大學の神名データベースでは、古代には杖を境界に突き立てることで、そこが誰の土地なのかを示した、という考え方が紹介されています。
たとえば古事記では、神功皇后が新羅の国王の門に杖を突き立てて、住吉の大神の荒御魂を国の守りの神としてお祀りしています。
『常陸国風土記』の行方郡の条にも、杭を立てて神様の土地と人の田畑の境を示した話があるそうです。
杖を立てることは、「ここが境目です」というしるし。
その杖から生まれた久那斗神は、境目そのものが神様になった存在だと言えそうです。
生と死の境に立つ神様
一書第六で、伊弉諾尊が杖を投げたのは、黄泉の国と、この世の境・泉津平坂でした。
久那斗神は、生と死の境目を守る神様として生まれたんです。
この神様がいたからこそ、死の国のものは、この世へ入ってこられなくなった。
道祖神が、今も村の境で私たちの暮らしを見守っているのは、そのずっと先の姿なのかもしれません。
まこも考察
ここからはまこもの考察です。
久那斗神は、「来るな」という、とても強い言葉から生まれた神様です。
でも僕は、この神様をただ「追い返す神様」だとは思っていません。
伊弉諾尊が杖を投げたとき、その向こうには、かつて愛した伊弉冉尊がいました。
「ここから先へは来るな」は、拒絶の言葉であると同時に、「あなたの世界と、私の世界は、ここで分かれる」という、悲しい区切りの言葉でもあったと思うんです。
境目を決めることは、冷たいことのように見えます。
でも、境目があるからこそ、こちら側の世界は守られ、人は安心して暮らすことができる。
久那斗神は、その「区切り」を引き受けてくれた神様なのではないでしょうか。
そして、境目を知りつくした神様だからこそ、国譲りでは道案内をつとめることができた。
どこまで行ってよくて、どこから先は行ってはいけないのか。
それを知っている者は、よい案内人になれるんですよね。
僕は方向音痴なので、境目どころか、自分がどこにいるのかもよく分からなくなります。
久那斗神には、ぜひ一度、道案内をお願いしたいところです。
他の神様とのつながり
- 伊邪那岐命:投げた杖から久那斗神(岐神)が生まれた
- 伊邪那美命:黄泉の国から追ってきた神様。泉津平坂で伊邪那岐命と別れた
- 経津主神:国譲りで、岐神を道案内にして各地を平定した
- 大国主命:国譲りのとき、岐神を二柱の使いに推薦した
- 天鳥船神:息栖神社で一緒にお祀りされている、船の神様
- 住吉三神:息栖神社で一緒にお祀りされている、海の神様。伊邪那岐命の禊で生まれた
- 猿田毘古神:天孫降臨の道案内をした神様。道祖神とされることもある
伝承・関連する話
【伝承】道祖神と塞の神
日本各地の村の境や峠には、道祖神(どうそじん)、塞の神(さいのかみ)、岐の神(ちまたのかみ)などと呼ばれる神様がお祀りされています。
悪いものや病気が村に入ってこないように守り、旅の安全も守ってくれる神様です。
小正月に正月飾りを燃やす「どんど焼き」を、「さいの神」「さいと焼き」と呼ぶ地域もあります【伝承】。
久那斗神の「祖神(さえのかみ)」という名前が、今も地域のお祭りの名前の中に生きているのかもしれません。
まとめ
- 久那斗神は、伊邪那岐命が投げた杖から生まれた、道と境の神様で、日本書紀では岐神と書かれます。
- 日本書紀では「ここから先へは来るな(自此莫過)」と言って投げた杖から生まれ、もとの名は来名戸之祖神とされます。
- 古事記では、禊のときに杖から生まれた衝立船戸神にあたるとされています。
- 国譲りでは、大己貴神に推薦されて、経津主神の道案内をつとめました。
- 息栖神社の主神で、厄除け・交通安全の神様として、また道祖神・塞の神のルーツとしても親しまれています。
「ここから先へは来るな」と、境目に立ち続けてくれる神様。
その杖のおかげで、私たちは今日も、安心して道を歩いていけるのかもしれません。
よくある質問(FAQ)
Q. 久那斗神と岐神は、同じ神様ですか?
A. はい、同じ神様です。日本書紀では「岐神」と書いて「くなどのかみ」と読み、息栖神社では「久那斗神」としています。
Q. 久那斗神は、古事記にも出てきますか?
A. 古事記には「久那斗神」という名前は出てきませんが、伊邪那岐命の禊のときに杖から生まれた「衝立船戸神」が、同じ神様にあたるとされています。
Q. 道祖神と久那斗神は、同じ神様ですか?
A. 各地の道祖神には、いろいろな神様がお祀りされています。久那斗神(岐神)とされることもあれば、猿田毘古神とされることもあります。どちらも、道や境を守る神様です。
Q. 久那斗神をお祀りしている神社はどこですか?
A. 茨城県神栖市の息栖神社が、久那斗神を主神としてお祀りしています。
この記事は、古事記・日本書紀などの原典や、ネット上の資料を参考にまとめ、まこもが考察を加えたものです。考察の部分は「まこも考察」として書き分けています。
出典・参考文献
- 『古事記』上巻(みそぎ)、中巻(仲哀天皇)原文
- 『日本書紀』巻第一 神代上(第五段 一書第六・一書第九)、巻第二 神代下(第九段 一書第二)原文
- 國學院大學 古典文化学事業「古事記ビューアー」神名データベース「衝立船戸神」 https://kojiki.kokugakuin.ac.jp/shinmei/tsukitatsufunatonokami/
- 息栖神社 公式サイト「ご由緒」 https://ikisujinja.com/about/


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