明治神宮ってどんな神社?国民の献木でつくられた「永遠の杜」と、明治天皇・昭憲皇太后

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この記事で分かること
明治神宮(めいじじんぐう)は、東京都渋谷区代々木、原宿駅のすぐそばにある神社です。

明治天皇と昭憲皇太后をお祀りし、全国から献木された木で人の手によってつくられた、広大な森に包まれています。
創建のいきさつと「永遠の杜」の計画、境内の見どころを、史料と伝承に分けてお話しします。

明治神宮を一言でいうと

国民の願いと献木によって生まれた、100年先を見すえてつくられた森の中の神社です。

公式サイトによると、境内は東京ドーム15個分の広さ。
にぎやかな原宿や渋谷のすぐとなりに、深い森が広がっているんです。

基本情報

項目内容
名前明治神宮(めいじじんぐう)
所在地東京都渋谷区代々木神園町1-1
御祭神明治天皇・昭憲皇太后
創建大正9年(1920年)11月1日
杜約70万㎡。全国から献木された木(約10万本とも、365種約12万本とも。諸説あり)を植えた人工の森
例祭11月3日(明治天皇の誕生日)
公式サイトhttps://www.meijijingu.or.jp/

※ 御祭神・創建・杜は、2026年10月1日に明治神宮の公式サイトで確認しました。

御祭神【史料】

明治天皇と昭憲皇太后

公式サイトによると、御祭神は第122代天皇の明治天皇と、皇后の昭憲皇太后(しょうけんこうたいごう)です。

明治天皇は、明治元年(1868年)からの明治の時代に、日本が近代国家へと大きく変わっていった時代の天皇です。
昭憲皇太后は、女子教育や、日本赤十字社の活動などに力を尽くしたことで知られています。

お二人については、明治天皇と昭憲皇太后の記事で紹介しています。

由緒と歴史の変遷【史料】

国民の願いから生まれた神社

公式サイトによると、明治45年(1912年)に明治天皇が、大正3年(1914年)に昭憲皇太后が亡くなったあと、「御神霊をおまつりして、その御聖徳を永く敬い、お慕いしたい」という国民の願いが高まりました。
そして、お二人にゆかりの深い代々木の地に、大正9年(1920年)11月1日、明治神宮が創建されました。

旅行情報サイトなどによると、造営には全国の青年団が勤労奉仕で協力したといわれます。

空襲と再建

創建時の社殿は、神社建築の第一人者だった伊東忠太らの設計によるものでしたが、先の大戦の空襲で本殿などが焼けてしまいました。
今の社殿の多くは、昭和33年(1958年)に再建されたものです(旅行情報サイトなどによる)。

代々木の地の昔

観光庁の多言語解説によると、明治神宮御苑は、境内で唯一、神社ができる前から存在した場所です。
江戸時代には加藤家の庭園として使われ、明治時代に「代々木御苑」と呼ばれるようになりました。

「永遠の杜」の計画

全国からの献木

献木された木の数には、諸説あります。
公式サイトでは、全国から献木された約10万本の木を植えてつくられた人工の森と紹介されています。
一方、旅行読売では、日本各地のほか、当時日本の統治下にあった朝鮮半島や台湾からも献木があり、365種約12万本が計画的に植えられたと紹介されています。
どちらの数字も、全国から集まったたくさんの木で森がつくられたことを伝えています。

100年後、200年後を見すえて

観光庁の多言語解説によると、この森づくりは、日比谷公園の設計も手がけた林学者・本多静六(ほんだせいろく)博士らが中心になって進めました。
植える木は、100年後、200年後にどのように育つかを考えて選ばれ、同時に、植えたばかりの大正9年の時点でも自然な景色に見えるよう工夫されたそうです。

はじめは針葉樹が多かった森が、やがて常緑の広葉樹を中心とした、人の手を加えなくても続いていく森へ移り変わっていく。
そんな長い時間を見通した計画でした。

人の手を加えない森

同じ解説によると、森ができてからは、人による介入はほとんど行われていません。
倒れた木も土に返るようにそのままにされ、森は自分の力で生き続けています。
旅行読売によると、今では4万本近い巨木の森に育っています。

境内の見どころ

大鳥居(第二鳥居)

観光庁の多言語解説などによると、高さ12m、幅17.1mの明神鳥居で、木造の明神鳥居としては日本最大とされています。

最初の大鳥居は、台湾の阿里山から運ばれた樹齢約1,200年の檜でつくられましたが、昭和41年(1966年)に落雷で傷みました。
今の大鳥居は、台湾の山で見つかった樹齢約1,500年の檜を使って、昭和50年(1975年)に再建されたものです。

夫婦楠

御社殿の前に立つ、注連縄で結ばれた二本の楠の大木です。
夫婦円満や縁結びを願う人が、この木の前で手を合わせていきます。

明治神宮御苑と清正井

御苑は、昭憲皇太后のために整えられた庭園で、6月には150種約1万株の花菖蒲が咲きます(旅行読売)。
御苑のいちばん奥には、戦国武将の加藤清正が掘ったと伝わる井戸「清正井(きよまさのいど)」があります【伝承】。

おみくじ「大御心」

観光庁の多言語解説によると、明治神宮のおみくじ「大御心(おおみごころ)」には吉凶がなく、明治天皇と昭憲皇太后が詠んだ和歌と、その解説が書かれています。
お二人の10万首をこえる和歌から、30首が選ばれています。

宝物殿・明治神宮ミュージアム

公式サイトによると、重要文化財の宝物殿や、明治神宮ミュージアムがあり、御祭神ゆかりの品々にふれることができます。

神事・例祭の意味

例祭(11月3日)

11月3日は明治天皇の誕生日で、明治神宮でいちばん重要なお祭りの日です。
天皇のお使いである勅使が参向します。
公式の情報ではありませんが、旅行情報サイトなどでは、10月31日からの秋の大祭の期間に、さまざまな奉納行事が行われると紹介されています。

初詣

旅行読売によると、毎年お正月の参拝者は300万人をこえ、初詣の参拝者数は日本一といわれています。

古神道的な視点での読み解き

森そのものが「鎮守の杜」

日本の神社は、昔から森とともにありました。
神様が宿る場所として、森を大切に守ってきたのが「鎮守の杜」です。

明治神宮は、そうした鎮守の杜を、近代の科学の力で、ゼロからつくろうとした神社だと言えます。
人が植えた森が、やがて人の手を離れて、自然の力で生き続けていく。
それは、神様が宿る森が生まれていく過程を、目の前で見せてくれているようにも思えます。

山や森を神聖な場所とする信仰については、神体山と磐座の記事で紹介しています。

まこも考察

ここからはまこもの考察です。

明治神宮を調べていて、僕がいちばん心をひかれたのは、「100年後、200年後の森を考えて木を植えた」という計画です。

森をつくった人たちは、自分の目で完成した森を見ることはできないと分かっていました。
それでも、何十年、何百年先の人たちのために、一本一本の木を選び、植えていった。

そして今、その森の中を、たくさんの人が歩いています。
100年前の人たちが思い描いた未来の中を、僕たちは歩いているんですね。

神様をお祀りすることは、過去を敬うことだけではなく、未来へ何かを手渡すことでもある。
明治神宮の杜は、そのことを静かに教えてくれているように思えます。

ちなみに僕は、観葉植物を一鉢育てるのも苦労しているので、100年先の森を計画した人たちには頭が上がりません。

伝承・関連する話

【伝承】清正井は加藤清正が掘った?

清正井は、加藤清正が掘ったと伝えられる井戸です。
御苑のあたりは江戸時代に加藤家の屋敷の庭だったことから、この伝説が生まれたと考えられます。
ただし、清正自身が掘ったかどうかは確かではありません。

噂・都市伝説【噂・俗説】

ここでは、出典を確かめきれない噂話を紹介します。

【噂・俗説】清正井の写真を待ち受けにすると運気が上がる?

旅行情報サイトなどによると、平成21年(2009年)の終わりごろ、清正井がテレビで紹介されたことをきっかけに、「清正井の写真を携帯電話の待ち受け画面にすると運気が上がる」という噂が広まりました。
一時は長い行列ができ、入場が制限されることもあったそうです。

もちろん、公式に言われていることではありません。
澄んだ水がこんこんと湧き続ける様子に、人々が何か特別な力を感じたのかもしれませんね。

明治神宮が登場する作品

公式の情報で確認できた作品がなかったため、ここでは紹介を控えます。

参拝の作法・アクセス

※ 以下の情報は、2026年10月1日に明治神宮の公式サイトと旅行読売のページで確認したものです。お出かけの前に最新の情報を確認してください。

参拝の作法

一般的な神社と同じく、「二拝二拍手一拝」でお参りします。
公式サイトによると、入口は3か所あり、どの入口からも御社殿まで歩いて約10分かかります。

アクセス

  • JR:原宿駅から徒歩約7分
  • 東京メトロ:千代田線・副都心線 明治神宮前〈原宿〉駅から徒歩約8分
明治神宮の地図(Googleマップ)

開門時間

開門・閉門の時間は月によって変わるので、公式サイトで確認してください。

明治神宮にまつわる話は、鎮守の杜の記事、清正井の記事、おみくじの記事、人を神様として祀る信仰の記事、勅祭社の記事でも紹介しています。

まとめ

  • 明治神宮は、明治天皇と昭憲皇太后をお祀りする神社で、大正9年(1920年)11月1日に創建されました。
  • 国民の願いから生まれ、全国からの献木(約10万本とも約12万本とも。諸説あり)で、人の手による森がつくられました。
  • 森は本多静六博士らが、100年後、200年後を見すえて計画した「永遠の杜」です。
  • 木造で日本最大級の大鳥居、夫婦楠、清正井、花菖蒲の御苑などの見どころがあります。
  • 初詣の参拝者は毎年300万人をこえ、日本一といわれます。

100年前の人たちが未来のために植えた森の中に、神様が鎮まっている。
明治神宮は、過去と未来をつなぐ「永遠の杜」の神社です。

よくある質問(FAQ)

Q. 明治神宮の森は自然の森ですか?
A. 創建のときに全国からの献木を植えてつくられた人工の森です。今はほとんど人の手を加えず、自然の力で育っています。

Q. 清正井は誰が掘ったのですか?
A. 加藤清正が掘ったと伝えられていますが、確かではありません。

Q. 明治神宮の例祭はいつですか?
A. 明治天皇の誕生日である11月3日です。

この記事は、古事記・日本書紀などの原典や、ネット上の資料を参考にまとめ、まこもが考察を加えたものです。考察の部分は「まこも考察」として書き分けています。

出典・参考文献

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