この記事で分かること
日本では、亡くなった人を神様としてお祀りすることがあります。
学問の神様として知られる菅原道真も、明治神宮の明治天皇も、もとは人として生きた方々です。
「人が神様になる」信仰は、どのように生まれ、どう変わってきたのか、史料をもとにお話しします。
人を神様として祀る信仰を一言でいうと
亡くなった人の霊を、恐れ、なぐさめ、敬い、慕う心から、神様としてお祀りする信仰です。
時代によって、そのきっかけとなる気持ちは少しずつ変わってきました。
御霊信仰:恐れから生まれた神様【史料】
御霊とは
コトバンク(世界大百科事典など)によると、「御霊(ごりょう)」は、もともと霊魂(みたま)を敬っていう言葉です。
とくに、うらみを残して亡くなり、人々にたたりや災いをもたらすと考えられた死者の霊(怨霊)を指すようになりました。
その霊を鎮めてお祀りすることで、災いを避けようとしたのが「御霊信仰」です。
神泉苑の御霊会(863年)
同じくコトバンクによると、貞観5年(863年)、京都の神泉苑で、朝廷による初めての御霊会(ごりょうえ)が行われました。
お祀りされたのは、崇道天皇(早良親王)、伊予親王、藤原夫人、橘逸勢(たちばなのはやなり)、文室宮田麻呂(ふんやのみやたまろ)など、政争などで無念の死をとげた人々でした。
菅原道真と天満宮
延喜3年(903年)に大宰府で亡くなった菅原道真の霊も、恐れられ、鎮められるべき霊と考えられました。
コトバンクによると、道真の霊を鎮める信仰は、御霊信仰や雷神信仰と結びつきながら、天神信仰として独自に発展し、北野天満宮などが創建されました。
やがて道真は、たたる霊から、学問の神様として親しまれる「天神さま」へと姿を変えていきます。
祇園御霊会
貞観11年(869年)、疫病が流行したとき、人々は牛頭天王のたたりと考え、祇園社で御霊会を行いました。
これが、今の祇園祭の始まりとされています(コトバンク)。
牛頭天王については、牛頭天王の記事で紹介しています。
英雄や偉人を神様としてお祀りする【史料と伝承】
神様としてお祀りされる人は、たたる霊だけではありません。
その功績や生き方を敬い、慕う気持ちから、神様としてお祀りされた人もたくさんいます。
近代:敬い、慕う心から【史料】
明治神宮
明治神宮の公式サイトによると、明治天皇と昭憲皇太后が亡くなったあと、「御神霊をおまつりして、その御聖徳を永く敬い、お慕いしたい」という国民の願いが高まり、大正9年(1920年)に明治神宮が創建されました。
くわしくは明治天皇と昭憲皇太后の記事で紹介しています。
靖国神社と護国神社
靖国神社や各地の護国神社は、国のために亡くなった人々を神様としてお祀りしています。
靖国神社の公式サイトでは、身分や勲功、男女の区別なく、一律平等にお祀りしていると説明されています。
くわしくは靖国神社の記事と招魂社と護国神社の記事で紹介しています。
古神道的な読み解き
神様と人の境目
日本の神様は、天地の始まりに現れた神様から、山や川の神様、そして人だった神様まで、とても幅が広いのが特徴です。
人と神様のあいだに、はっきりした壁がない。
だからこそ、人が亡くなったあと、神様としてお祀りされることがあるのだと考えられます。
恐れから、敬いへ
御霊信仰では、たたりへの恐れが、人を神様としてお祀りするきっかけでした。
けれども、菅原道真が学問の神様になったように、恐れられた霊も、やがて人々を守る神様として親しまれるようになっていきます。
恐れ、なぐさめ、敬い、慕う。
人を神様としてお祀りする信仰は、亡くなった人とのかかわりを、時間をかけて結び直していく営みなのかもしれません。
まこも考察
ここからはまこもの考察です。
人を神様としてお祀りする信仰を調べていて、僕がいちばん心をひかれたのは、菅原道真の変化です。
はじめは、雷を落とし、都に災いをもたらす怨霊として恐れられた道真。
それが今では、受験生がお参りする学問の神様です。
人々は、道真の霊を恐れながらも、お祀りし続けました。
そして長い時間の中で、道真の学問の才能や、まじめな生き方のほうが、人々の心に残っていった。
亡くなった人をどう覚えておくかは、残された人たちが選んでいくものなのかもしれません。
神様としてお祀りすることは、その人のいちばん良いところを、ずっと覚えておこうとすることなのだと思います。
ちなみに僕は、試験のたびに天神さまにお参りしていましたが、勉強そのものは神様頼みにしないよう気をつけていました。……たぶん。
人を神様として祀る信仰が登場する作品
公式の情報で確認できた作品がなかったため、ここでは紹介を控えます。
まとめ
- 日本では、亡くなった人を神様としてお祀りすることがあります。
- 平安時代の御霊信仰では、たたりを恐れて、無念の死をとげた人の霊を鎮めました(863年の神泉苑の御霊会など)。
- 菅原道真は、恐れられた霊から学問の神様へと姿を変えました。
- 英雄や偉人を、敬い、慕う心からお祀りすることもあります。
- 近代には、明治神宮や靖国神社・護国神社のように、国民の願いから神社がつくられました。
恐れから敬いへ、なぐさめから慕う心へ。
人を神様としてお祀りする信仰は、亡くなった人とのつながりを大切にする、日本の心を伝えています。
よくある質問(FAQ)
Q. 御霊信仰とは何ですか?
A. うらみを残して亡くなった人の霊がたたりをもたらすと考え、その霊を鎮めてお祀りすることで災いを避けようとした信仰です。
Q. 菅原道真はなぜ学問の神様なのですか?
A. はじめは怨霊として恐れられましたが、天神信仰として発展する中で、道真の学問の才能が敬われ、学問の神様として親しまれるようになりました。
この記事は、古事記・日本書紀などの原典や、ネット上の資料を参考にまとめ、まこもが考察を加えたものです。考察の部分は「まこも考察」として書き分けています。
出典・参考文献
- コトバンク「御霊信仰」(世界大百科事典など) https://kotobank.jp/word/御霊信仰
- 明治神宮 公式サイト「明治神宮について」 https://www.meijijingu.or.jp/about/
- 靖國神社 公式サイト「御祭神」 https://www.yasukuni.or.jp/history/detail.html


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