この記事で分かること
三光神社(さんこうじんじゃ)は、大阪市天王寺区玉造本町の宰相山(さいしょうやま)にある神社です。
天照大神・月読尊・素戔嗚尊の三柱をお祀りし、「中風除け」の神様として知られています。
境内に残る「真田の抜け穴」、名前の「三光」の意味、そして義経の家来にまつわる不思議な信仰まで、史料と伝承に分けてお話しします。
三光神社を一言でいうと
日・月の神様をお祀りし、真田幸村の伝説が残る、大阪・玉造の小高い丘の神社です。
JR玉造駅から歩くと、真田幸村のパネルが並ぶ「幸村ロード」を抜けて、神社にたどり着きます。
神話と戦国時代が、ひとつの境内で出会う場所なんです。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 三光神社(さんこうじんじゃ)。旧称は姫山神社 |
| 所在地 | 大阪府大阪市天王寺区玉造本町14-90 |
| 御祭神 | 天照大神・月読尊・素戔嗚尊 |
| 創建 | 反正天皇の時代と伝えられる |
| 社名の変更 | 明治41年(1908年)、境内社の三光宮を合祀して三光神社に |
| 知られる信仰 | 中風除け |
| 末社 | 武内宿禰社(大阪七福神の寿老神) |
| 社務所 | 9:00〜17:00 |
※ 御祭神・由緒・信仰は、2026年10月1日に大阪観光局と旅行読売のページで確認しました。
御祭神【史料】
天照大神・月読尊・素戔嗚尊
三光神社の御祭神は、天照大神、月読尊、素戔嗚尊の三柱です(大阪観光局)。
古事記では、伊邪那岐命が黄泉の国から戻って禊をしたとき、左の目を洗って天照大御神、右の目を洗って月読命、鼻を洗って須佐之男命が生まれました。
伊邪那岐命はこの三柱をたいへん喜び、「三貴子(みはしらのうずのみこ)」と呼びました。
太陽の神様、月の神様、そして海や嵐の神様。
日本神話でいちばん尊いきょうだいの神様が、そろってお祀りされているんですね。
「三光」とは
「三光(さんこう)」とは、日・月・星の三つの光のことです。
三光神社という名前は、宮城県仙台市の青麻神社(あおそじんじゃ)、かつての「三光宮」から神様を分けていただいたことに由来すると紹介されています(ウィキペディアの解説などによる)。
日本歴史地名大系によると、青麻神社の社伝では、日・月・星の三光の神を岩屋の中にお祀りして「青麻岩戸三光宮」と呼んだとされます。
由緒と歴史の変遷
姫山神社から三光神社へ【伝承と史料】
旅行読売によると、三光神社は反正天皇の時代の創建と伝えられ、かつては「姫山神社」と呼ばれていました。
そして明治41年(1908年)、中風封じで名高い境内社の「三光宮」をあわせてお祀りし、社名を三光神社と改めました。
空襲と再建
大阪観光局によると、昭和20年(1945年)6月1日の空襲で、社殿などの建物はすべて焼けてしまいました。
今の社殿は、戦後に再建されたものです。
大阪観光局の別のページでは、空襲で焼け残った鳥居の片方の柱に、9人のお相撲さんの名前が刻まれていると紹介されています。
戦争の記憶を今に伝える、静かな証人ですね。
真田丸と宰相山
戦国時代の終わり、慶長19年(1614年)の大坂冬の陣のとき、このあたりには大坂城の出城「真田丸」が築かれました(旅行読売)。
神社のある「宰相山(さいしょうやま)」という名前は、冬の陣で真田丸を攻めた加賀藩の前田利常の軍が陣を置いたことに由来する、といわれています。
前田利常は、のちに「加賀宰相」と呼ばれた人物です(諸説あり)。
なお、真田丸の中心は、三光神社の南にある大阪明星学園のあたりとされ、学園のそばには真田丸の顕彰碑が建てられています(諸説あり)。
境内の見どころ
真田の抜け穴
境内には、「真田の抜け穴」と呼ばれる穴があります。
真田幸村(信繁)が大坂城から掘ったとされる地下道の入口だと伝えられています【伝承】。
ただし旅行読売によると、この穴は大坂城から続くものではなく、慶長19年の戦いのときの前田利常軍の塹壕(ざんごう)の跡ではないか、と考えられているそうです。
伝説と、歴史の研究とのあいだにある穴、と言えるかもしれません。
旅行サイトの紹介によると、抜け穴はふだんは鉄の扉で閉じられていて、毎年11月の「真田まつり」の日にだけ開けられるそうです。
中は7mほどで行き止まりになっている、と紹介されています。
真田幸村像
采配を高く掲げた真田幸村の像は、昭和62年(1987年)5月5日に建てられました(大阪観光局)。
旅行読売によると、黒田家に伝わる屏風に描かれた真田信繁の姿をもとにしています。
台座には、信州上田にある真田家の菩提寺・長谷寺から運ばれた「真田石」が使われています。
遠い上田の石が、大阪で幸村を支えているんですね。
武内宿禰社(大阪七福神の寿老神)
末社の武内宿禰社には、武内宿禰(たけのうちのすくね)が、富貴長寿の神様としてお祀りされています。
大阪七福神めぐりの「寿老神」の一つとして、参拝する人が絶えないそうです(大阪観光局)。
武内宿禰は、五代の天皇に仕え、とても長生きしたと伝えられる人物です。
長寿の神様にぴったりですね。
神事・例祭の意味
中風除祈願大祭(6月1日から7日間)
大阪観光局によると、毎年6月1日を初日として、7日間「中風除祈願大祭」が行われます。
全国から参拝者が訪れる、三光神社のいちばん大切なお祭りの一つです。
中風(ちゅうぶう)とは、脳卒中などで手足がまひする病気を昔はそう呼んでいました。
医療が今ほど進んでいなかった時代、人々は神様に、元気で長生きできるよう祈ったのですね。
古神道的な視点での読み解き
日・月・星の光
三光神社の「三光」は、日・月・星です。
天照大神は太陽、月読尊は月。
古事記では、星の神様はほとんど登場しませんが、青麻神社では天之御中主神を星の神様としてお祀りしてきたと考えられています。
日本神話でめずらしい星の神様については、天津甕星の記事や天之御中主神の記事でも紹介しています。
長寿の信仰が集まる場所
中風除けの三光宮、長寿の武内宿禰社。
三光神社には、「元気で長く生きたい」という人々の願いが、何層にも重なって集まっています。
まこも考察
ここからはまこもの考察です。
三光神社を調べていて、僕がいちばんおもしろいと思ったのは、「真田の抜け穴」です。
伝説では、真田幸村が大坂城からここまで掘った抜け穴。
でも研究では、幸村を攻めた前田軍の塹壕の跡かもしれない。
もしそうなら、守る側の英雄の名前が、攻める側が掘った穴についている、ということになります。
でも、それこそが伝説の力なのだと思います。
人々は、強大な徳川軍を相手に一歩も引かなかった幸村に、大阪の町を守ってほしかった。
だから、穴を見つけたとき、それを「幸村の抜け穴」と呼びたくなったのではないでしょうか。
伝説は、史実そのものではありません。
でも、人々が何を願い、誰を英雄として心に残してきたのかを、とても正直に教えてくれます。
ちなみに僕は、締め切りから逃げる「抜け穴」をいつも探していますが、まだ見つかったことはありません。
伝承・関連する話
【伝承】常陸坊海尊と中風除け(諸説あり)
旅行読売によると、三光神社の中風封じは、常陸坊海尊(ひたちぼうかいそん)の霊験によるものとされています。
常陸坊海尊は、『義経記(ぎけいき)』に登場する源義経の家来です。
世界大百科事典によると、海尊は人魚の肉を食べて不老長寿になったという伝説が、東日本の各地に広く伝わっています。
中風除けの信仰で知られる仙台の青麻神社とも結びついて、その伝説が広がっていったとされます。
義経の家来が、何百年も生き続けて、人々の病を除く。
戦国の真田幸村だけでなく、源平の時代の人物まで、この神社の物語には登場するんです。
三光神社ゆかりの作品
真田幸村(信繁)を描いた作品
三光神社が物語の舞台として登場する作品は、公式の情報で確認できませんでした。
ただ、ここは真田丸ゆかりの地で、平成28年(2016年)のNHK大河ドラマ『真田丸』など、真田信繁を主人公にした作品のファンが多く訪れる場所になっています。
作品そのものに三光神社が登場するかどうかは確認していないので、「ゆかりの地」として紹介します。
参拝の作法・アクセス・御朱印
※ 以下の情報は、2026年10月1日に大阪観光局と旅行読売のページで確認したものです。お出かけの前に最新の情報を確認してください。
参拝の作法
一般的な神社と同じく、「二拝二拍手一拝」でお参りします。
アクセス
- 地下鉄:Osaka Metro長堀鶴見緑地線・玉造駅から徒歩約2分
- JR:大阪環状線・玉造駅から徒歩約5分(「幸村ロード」を通って)
社務所
9:00〜17:00(大阪観光局)。
御朱印の授与については、社務所にお問い合わせください。
お問い合わせ
- 三光神社:06-6761-0372
三光神社にまつわる話は、青麻神社の記事、常陸坊海尊の記事、真田丸と真田の抜け穴の記事、大阪七福神の記事でも紹介しています。
まとめ
- 三光神社は、大阪市天王寺区玉造本町の宰相山にある神社で、天照大神・月読尊・素戔嗚尊をお祀りしています。
- 「三光」は日・月・星のことで、仙台の青麻神社(三光宮)から神様を分けていただいたことに由来するとされます。
- 中風除けの神様として知られ、毎年6月1日から7日間、中風除祈願大祭が行われます。
- 境内には「真田の抜け穴」と真田幸村像があります。抜け穴は前田軍の塹壕の跡とする見方もあります。
- 末社の武内宿禰社は、大阪七福神の寿老神です。
日・月・星の光の下で、神話の神様と戦国の英雄、そして長生きを願う人々が出会う場所。
三光神社は、大阪の歴史の層をそっと見せてくれる神社です。
よくある質問(FAQ)
Q. 三光神社の御祭神は誰ですか?
A. 天照大神・月読尊・素戔嗚尊の三柱です。
Q. 真田の抜け穴は本当に大坂城まで続いているのですか?
A. 伝説ではそう語られていますが、前田利常軍の塹壕の跡ではないかと考えられています。
Q. 中風除けとは何ですか?
A. 昔、脳卒中などで手足がまひする病気を「中風」と呼びました。三光神社は、その病を除く神様として信仰されてきました。
この記事は、古事記・日本書紀などの原典や、ネット上の資料を参考にまとめ、まこもが考察を加えたものです。考察の部分は「まこも考察」として書き分けています。
出典・参考文献
- 『古事記』上巻(三貴子の誕生)
- 大阪観光局「三光神社」 https://osaka-info.jp/spot/sankojinja/
- 大阪観光局(OSAKA体験:三光神社) https://osaka-info.jp/experience/ja/osaka/spot/538
- 旅行読売「三光神社」 https://tabi-mag.jp/os0232/
- 旅行読売「大阪七福神」 https://tabi-mag.jp/osaka-7fukujin/
- コトバンク「青麻神社」(日本歴史地名大系、世界大百科事典) https://kotobank.jp/word/青麻神社
- 大阪観光局「真田幸村ゆかりの地をめぐるモデルコース」 https://osaka-info.jp/modelcourse/course-sanada-yukimura-walk/


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