寒川比古命・寒川比女命ってどんな神様?記紀に登場しない、関東を拓いた寒川大明神

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二本並んだ杉の大木に、男女の神様の光の人影が寄り添うイメージイラスト
寒川比古命・寒川比女命のイメージイラストです

この記事で分かること
寒川比古命(さむかわひこのみこと)と寒川比女命(さむかわひめのみこと)は、神奈川県の寒川神社の御祭神です。

二柱あわせて「寒川大明神」と呼ばれ、「全国唯一の八方除の守護神」として信仰されています。
でも実は、この二柱は古事記にも日本書紀にも登場しません。
その正体をめぐる、千年以上にわたる「揺れ動く祭神」の歴史を、史料と諸説に分けてお話しします。

寒川比古命・寒川比女命を一言でいうと

記紀には登場しないけれど、相模国を中心に関東を開拓したと伝えられる、土地の親神様です。

寒川神社の公式サイトによると、寒川大明神は、相模国を中心に広く関東地方を開拓し、衣食住など人間生活の根源を開発・指導した、関東地方の文化の生みの親の神様として敬われてきました。

名前は「寒川」。
土地の名前そのものが、神様の名前になっているんです。

名前の意味を見てみよう

  • さむかわ(寒川):土地の名前。寒川神社がある今の寒川町のあたり
  • ひこ(比古):男性の神様
  • ひめ(比女):女性の神様

「寒川の男神と女神」。
とてもシンプルな名前です。
土地の名前をそのまま冠した男女一対の神様は、その土地そのものを守る神様であることを表しているのかもしれません。

寒川比古命・寒川比女命のプロフィール

項目内容
読みさむかわひこのみこと・さむかわひめのみこと
総称寒川大明神
古事記・日本書紀登場しない
古い呼び方寒川神・寒河神(平安時代の史書)、寒川大明神
役割(伝承)相模国を中心に関東を開拓し、衣食住の根源を開発・指導した
御神徳八方除(全国唯一とされる)
祀る神社寒川神社(神奈川県寒川町)、牟弥乃神社(伊勢神宮の末社)など

どの文献に出てくる?

古事記・日本書紀【史料】

寒川比古命・寒川比女命は、古事記にも日本書紀にも登場しません。

六国史・延喜式【史料】

寒川神社の公式サイトによると、公の記録として残る最初のものは、承和13年(846年)に神階従五位下を授けられたという『続日本後紀』の記事です。
『神奈川県史』によると、平安時代の史書(六国史など)では、御祭神は「寒川神」「寒河神」と書かれていて、個別の神様の名前はありません。

平安時代の『延喜式』神名帳には、「相模国高座郡 寒川神社」が、相模国13社のうち、ただ一つの名神大社として載っています。

伊勢神宮の末社・牟弥乃神社【史料】

寒川比古命・寒川比女命の名前が見えるのは、実は伊勢です。
『神奈川県史』によると、伊勢の皇大神宮(内宮)の末社である「牟瀰乃神社(むみのじんじゃ)」の御祭神が、寒川比古・寒川比女とされています。
この伊勢の神社が、のちに寒川神社の御祭神を決める手がかりになりました。

揺れ動いた御祭神【史料と諸説】

江戸時代は八幡神説が有力

『神奈川県史』によると、寒川神社の御祭神については、昔から定説がありませんでした。
のちに「寒川大明神」と呼ばれるようになり、江戸時代には、御祭神を八幡神(八幡大菩薩)とする説が有力になりました。
ほかにも、次のような説があらわれたそうです。

  • 菊理媛(くくりひめ)
  • 沢女神(さわめのかみ)
  • 素戔鳴尊(すさのおのみこと)

このほか、素戔嗚尊と稲田姫尊、大己貴尊(おおなむちのみこと、大国主命)とする説も伝えられています(Wikipediaなど)。

明治時代に今の二柱に

『神奈川県史』によると、明治7年(1874年)、政府の教部省が『特選神名牒(とくせんじんみょうちょう)』をまとめるとき、伊勢の皇大神宮の末社・牟瀰乃神社の御祭神が寒川比古・寒川比女であることから、寒川神社の御祭神もこれと同じだろう、と推定しました。
そして明治9年(1876年)の『官社祭神考証』で、寒川神社の御祭神は、寒川比古命・寒川比女命と決定されたのです。

千年近く「寒川の神様」とだけ呼ばれてきた神様が、明治になって、はじめて今の名前で呼ばれるようになった。
御祭神がこんなにはっきりと移り変わってきた神社は、なかなかめずらしいと思います。

水の神様の子?(諸説あり)

Wikipediaに引かれている『神道大辞典』などによると、寒川比古命・寒川比女命を、大水上命(おおみなかみのみこと)の子とする説もあるそうです。
大水上命は大山祇神と同じ神様ともいわれますが、はっきりしたことは分かっていません。
諸説あるうちの一つとして、紹介しておきますね。

古史古伝での扱い

古史古伝での寒川比古命・寒川比女命の扱いについては、内容を確かめられる資料が見つからなかったため、この記事では紹介を控えます。

御神徳(ご利益)

  • 八方除:寒川神社の公式サイトでは、地相・家相・方位・日柄などに起因するすべての禍事・災難を取り除き、家業繁栄・福徳円満をもたらす、全国唯一の御神徳とされています。
  • 関東の開拓・殖産興業:神奈川県神社庁のページでは、あらゆる殖産興業の道を授け、衣食住など人間生活の根源を開発指導した「関東の親神様」と紹介されています。

祀る主な神社

寒川神社(神奈川県高座郡寒川町)

相模国一之宮で、寒川比古命・寒川比女命を寒川大明神としてお祀りしています。
公式サイトによると、御本殿の脇にある二本の杉の御神木には、この二柱の神様が宿ると言い伝えられています【伝承】。
くわしくは寒川神社の記事で紹介しています。

牟弥乃神社(伊勢神宮の末社)

『神奈川県史』によると、皇大神宮の末社で、寒川比古・寒川比女をお祀りしているとされる神社です。
明治時代に、寒川神社の御祭神を決める手がかりになりました。

古神道的な読み解き

土地の神様

古事記や日本書紀に出てくる神様だけが、日本の神様ではありません。
それぞれの土地には、その土地を開き、守ってきた神様がいて、人々はその神様を「〇〇の神」と、土地の名前で呼んでお祀りしてきました。
寒川大明神は、まさにそうした「土地の神様」の代表です。

名前がはっきりしなくても、どんな神様か分からなくても、人々は千年以上、その神様に祈り続けてきた。
神様との関係は、名前を知ることよりも、そこに神様がいると感じて、手を合わせ続けることから始まるのかもしれません。

男女一対の神様

寒川比古命と寒川比女命は、男女一対の神様です。
伊邪那岐命と伊邪那美命のように、男女の神様が一緒にお祀りされることで、国や命を生み出す力、土地を豊かにする力が表されていると考えることもできます。

まこも考察

ここからはまこもの考察です。

寒川大明神の歴史を調べていて、僕はとても不思議な気持ちになりました。
平安時代には「寒川の神」とだけ呼ばれ、江戸時代には八幡様だと言われたり、須佐之男命だと言われたりして、明治時代になって、ようやく今の名前に落ち着いた。

でも、その間ずっと、この神社は「相模国一之宮」として、たくさんの人に大切にされてきました。
源頼朝も、武田信玄も、徳川家も、名前がはっきりしない神様に、手を合わせてきたんです。

僕は、ここに神様と人との関係の、いちばん大切なところがあるように思います。
名前が分からなくても、どんな神話があるのか知らなくても、「ここには、この土地を守ってくれる神様がいる」と感じる。
その感覚さえあれば、祈りは千年でも続いていく。

八方除の神様は、どの方角から来る災いも除いてくれる神様です。
でもそれは、この土地に根を下ろし、どの方角にも目を配り続けてきた、土地の神様だからこそなのかもしれません。

僕も、自分の名前を忘れられても、近所の猫仲間から「あの黒いの」と呼ばれて大切にしてもらえるなら、それで十分だと思っています。

他の神様とのつながり

伝承・関連する話

【伝承】御神木の二本杉

寒川神社の公式サイトによると、御本殿の脇にある二本の杉の御神木には、寒川比古命と寒川比女命が宿ると言い伝えられています。
二本並んで立つ杉が、男女一対の神様の姿のように思えてきます。

まとめ

  • 寒川比古命・寒川比女命は、寒川神社の御祭神で、二柱あわせて寒川大明神と呼ばれています。
  • 古事記・日本書紀には登場せず、平安時代の史書では「寒川神」「寒河神」とだけ書かれていました。
  • 江戸時代には八幡神説が有力で、菊理媛・沢女神・素戔鳴尊などとする説もありました。
  • 明治時代に、伊勢神宮の末社・牟瀰乃神社の御祭神をもとに、今の二柱に定められました。
  • 相模国を中心に関東を開拓した親神様とされ、全国唯一の八方除の神様として信仰されています。

名前が変わっても、祈りは変わらなかった。
寒川大明神は、土地と人とのつながりそのもののような神様なんですよね。

よくある質問(FAQ)

Q. 寒川比古命・寒川比女命は、古事記に出てきますか?
A. いいえ、古事記にも日本書紀にも登場しません。平安時代の史書では「寒川神」「寒河神」と書かれています。

Q. なぜ今の御祭神の名前になったのですか?
A. 『神奈川県史』によると、明治時代に、伊勢の皇大神宮の末社・牟瀰乃神社の御祭神が寒川比古・寒川比女であることから、寒川神社の御祭神も同じだろうと推定され、明治9年(1876年)に正式に決められました。

Q. 江戸時代には、どんな神様だと考えられていたのですか?
A. 八幡神(八幡大菩薩)とする説が有力で、ほかに菊理媛、沢女神、素戔鳴尊などとする説もありました。

Q. 八方除とは何ですか?
A. 地相・家相・方位・日柄などに起因するすべての災いを取り除くという、寒川大明神の御神徳です。寒川神社では「全国唯一」とされています。

この記事は、古事記・日本書紀などの原典や、ネット上の資料を参考にまとめ、まこもが考察を加えたものです。考察の部分は「まこも考察」として書き分けています。

出典・参考文献

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