天岩戸神話とは?光を取り戻した神々の祭り|古事記と日本書紀を比べる

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この記事で分かること
天岩戸(あまのいわと)神話は、天照大御神が岩屋にこもって世界が真っ暗になり、神々が知恵を集めて光を取り戻した物語です。

何が原因で隠れたのか。
神々はどんな準備をしたのか。
そして、岩戸を開いた「決め手」は何だったのか。
古事記と日本書紀の四つの伝え(本文と三つの一書)を並べると、少しずつ違う答えが見えてきます。

天岩戸神話を一言でいうと

弟の須佐之男命の乱暴に心を痛めた天照大御神が、天の岩屋にこもってしまい、高天原も地上も闇に包まれます。
困った八百万(やおよろず)の神々が、鳥を鳴かせ、鏡と玉を飾り、祝詞を唱え、踊って笑い、ついに岩戸を開かせた、という物語です。

世界の危機を救ったのは、武力ではなく「お祭り」だった。
日本の祭りの原点ともいわれる、とても大切な神話なんですよね。

古事記の天岩戸神話

天照大御神の記事でもくわしく紹介しているので、ここでは流れを短くたどります。

隠れた理由

須佐之男命は、誓約(うけい)に勝ったと言って勢いづき、田のあぜを壊し、神殿を汚し、ついには機織りの小屋の屋根に穴をあけて、皮をはいだ馬を投げ込みます。
驚いた天の服織女(はとりめ)が、梭(ひ、機織りの道具)で傷を負って亡くなってしまいました。

天照大御神はこれを恐れて、天の石屋戸を開いてこもってしまいます。

爾高天原皆暗、葦原中國悉闇、因此而常夜往。
(『古事記』上巻・天の石屋)

「高天原はすっかり暗くなり、地上の国もみな闇になって、夜がずっと続いた」。

神々の準備

八百万の神々は天安河原(あめのやすのかわら)に集まり、高御産巣日神の子・思金神(おもいかねのかみ)に考えさせます。

  • 常世の長鳴鳥(ながなきどり)を集めて鳴かせる
  • 鏡作りの伊斯許理度売命(いしこりどめのみこと)に鏡を、玉祖命(たまのおやのみこと)に玉を作らせる
  • 天香山(あめのかぐやま)の榊を根ごと掘ってきて、上の枝に玉、中の枝に八尺鏡(やたのかがみ)、下の枝に白や青の布をかける
  • 布刀玉命(ふとだまのみこと)が捧げ持ち、天児屋命(あめのこやねのみこと)が祝詞(布刀詔戸言・ふとのりとごと)を唱える
  • 天手力男神(あめのたぢからおのかみ)が岩戸のそばに隠れて立つ

夜明けを告げる長鳴鳥をまず鳴かせるあたり、神々の作戦は本当に用意周到です。
朝に弱い僕は、鳥が何羽鳴いても起きられる自信がありませんが……。

岩戸が開いた決め手:笑いと鏡

天宇受売命(あめのうずめのみこと)が、伏せた桶の上で足を踏み鳴らし、神がかりになって踊ります。

爾高天原動而、八百萬神共咲。

「高天原が揺れるほど、八百万の神々がいっせいに笑った」。

不思議に思った天照大御神が、岩戸を少し開けて「なぜ天宇受売は踊り、神々は笑っているのか」と尋ねると、天宇受売命は「あなた様より貴い神様がいらっしゃるので、喜んでいるのです」と答えました。
その間に鏡が差し出され、映った光をますます不思議に思って外へ出てきたところを、天手力男神が手を取って引き出します。
布刀玉命が尻久米縄(しりくめなわ、注連縄)を張って、「ここから内へは、もうお戻りになれません」と申し上げました。

古事記では、岩戸を開いた決め手は「神々の笑い」と「鏡」なんです。

日本書紀の天岩戸神話

日本書紀の第七段には、本文と三つの一書があります。
隠れた理由も、準備の中身も、岩戸が開いた決め手も、それぞれ少しずつ違っています。

本文:傷ついたのは天照大神自身

日本書紀の本文では、機を織っていたのは天照大神自身です。

天照大神、驚動、以梭傷身、由此發慍、乃入于天石窟、閉磐戸而幽居焉。
(『日本書紀』巻第一 神代上 第七段 本文)

読みやすくしてみると、「天照大神は驚いて、梭で自分の体を傷つけてしまった。これによって怒り、天の岩屋に入って、岩戸を閉じてこもってしまわれた」。

そして「六合(くに、世界)の内は常に闇となり、昼と夜の区別も分からなくなった」と書かれています。

準備の内容は古事記とよく似ていますが、天鈿女命は、茅(ちがや)を巻いた矛を手に持ち、真坂樹(まさかき)の鬘(かずら)をつけ、火をたいて、伏せた桶の上で「顕神明之憑談(かむがかり)」をした、と書かれています。

天照大神は「私が岩屋にこもっているので、地上はきっと長い夜になっているはずなのに、どうして天鈿女命はこんなに楽しそうにしているのか」と、手で岩戸を細く開いてのぞきます。
そこを手力雄神が手を取って引き出し、中臣と忌部の神が注連縄を張って「もう二度とお戻りにならないでください」とお願いしました。

本文では、鏡を見せる場面はなく、天鈿女命の楽しそうな様子にひかれて外をのぞいたところを引き出されています。

一書第一:鏡ではなく「日矛」

一書第一では、機を織っていたのは稚日女尊(わかひるめのみこと)という女神様です。
須佐之男命が投げ入れた馬に驚き、梭で体を傷つけて亡くなってしまいます。

天照大神は「お前にはまだ黒い心がある。もう顔も見たくない」と言って、岩屋にこもりました。

このとき、高皇産霊(たかみむすひ)の子・思兼神(おもいかねのかみ)は、こう提案します。

宜圖造彼神之象、而奉招禱也。

「あの神(天照大神)の姿をかたどったものを作って、お招きしましょう」。

そこで石凝姥(いしこりどめ)に、天香山の金属で「日矛(ひぼこ)」を作らせました。
そして、この日矛をお祀りしているのが、紀伊国の日前神(ひのくまのかみ)、今の和歌山市の日前神宮(ひのくまじんぐう)だと記されています。

古事記では鏡が作られる場面で、一書第一では、天照大神の姿をかたどった「日矛」が作られているんです。

一書第二:鏡についた小さな傷

一書第二では、日神(天照大神)は、須佐之男命の乱暴を何度も「平らかな心で」許していました。
ところが、新嘗(にいなめ、その年の収穫を神に捧げるお祭り)の御殿を汚されて体の具合が悪くなり、とうとう岩屋にこもってしまいます。

神々は、鏡作部の祖・天糠戸(あめのぬかと)に鏡を、忌部の祖・太玉(ふとだま)に幣(みてぐら)を、玉作部の祖・豊玉(とよたま)に玉を作らせ、中臣の祖・天児屋命が祝詞を唱えました。
すると日神は、岩戸を開いて出てこられます。

そして、この一書には、とても印象的な一文があります。

是時、以鏡入其石窟者、觸戸小瑕、其瑕於今猶存、此卽伊勢崇祕之大神也。

読みやすくしてみると、「このとき、鏡を岩屋に差し入れたところ、戸に触れて小さな傷がついた。その傷は今もなお残っている。これが伊勢で崇め祀っている大神である」。

伊勢神宮にお祀りされている鏡には、天岩戸のときについた小さな傷がある。
日本書紀は、そんな伝えまで書き残しているんです。

一書第三:岩戸を開いたのは「言葉の美しさ」

一書第三は、始まりから違います。
日神と須佐之男命は、それぞれ三つずつ田を持っていて、日神の田はどれも良い田、須佐之男命の田はどれもやせた田でした。
須佐之男命は姉の田をねたみ、水路を壊したり、種を重ねてまいたりと、悪さを続けます。
それでも日神は怒らず、いつも広い心で許していたといいます。

やがて日神が岩屋にこもると、神々は天児屋命を遣わして祈らせます。
天児屋命は、榊の枝に八咫鏡・八坂瓊の曲玉・木綿(ゆう)をかけ、太玉命に持たせて、祝詞を「広く厚く、たたえる言葉」で申し上げました。

すると、日神はこう言います。

頃者人雖多請、未有若此言之麗美者也。

「このごろ、人がたくさん願いごとを言ってきたが、これほど美しい言葉は聞いたことがない」。

そして岩戸を細く開いてのぞいたところを、天手力雄神が引き開け、日神の光が世界に満ちあふれました。

一書第三では、岩戸を開いた決め手は、踊りでも鏡でもなく「祝詞の言葉の美しさ」なんです。

一書第三にだけある「しきたりの起こり」

一書第三には、今の暮らしにつながる話も書かれています。

一つめは、爪の話です。
神々は、須佐之男命に罪をつぐなわせるため、手の爪を「吉爪棄物(よしきらいもの)」、足の爪を「凶爪棄物(あしきらいもの)」として差し出させました。
そして、「世の人が自分の爪を慎んで始末するのは、これがはじまりである」と書かれています。

子どものころ、「切った爪はそのへんに捨てないで、ちゃんと片付けなさい」とよく言われたものですが、まさか天岩戸までさかのぼる話だったとは思いませんでした。

二つめは、笠と蓑の話です。
高天原を追われた須佐之男命は、長雨の中、青草を束ねて笠と蓑を作り、神々に宿を求めましたが、どの神にも断られてしまいます。
そこから、「笠や蓑を着たまま他人の家に入ること、草の束を背負って他人の家に入ることを嫌う」というしきたりが生まれ、それを破った者は必ず祓えをしなければならない、と記されています。

四つの伝えを比べると

古事記日本書紀 本文一書第一一書第二一書第三
傷ついた・亡くなった神天の服織女が亡くなる天照大神自身が傷つく稚日女尊が亡くなる(新嘗の御殿を汚され、日神の体の具合が悪くなる)(田をねたむ悪さが続く)
天照大神の心恐れてこもる怒ってこもる「もう顔も見たくない」何度も許したあと、こもる怒らず許し続けたあと、こもる
作られた神宝鏡・玉八咫鏡・八坂瓊日矛(日前神)鏡・幣・玉八咫鏡・曲玉・木綿
天宇受売命の舞ありあり書かれない書かれない書かれない
岩戸が開いた決め手神々の笑いと鏡天鈿女命の楽しそうな様子(日矛を作るところまで)天児屋命の祝詞祝詞の言葉の美しさ
独自の伝え尻久米縄注連縄で「二度と戻らないで」日前神宮の起こり鏡の小さな傷=伊勢の大神爪のしきたり、笠蓑のしきたり

こうして並べると、天岩戸の神話には、大きく二つの流れがあることが分かります。

  • 笑いと踊りで開く流れ:古事記、日本書紀の本文
  • 祝詞の言葉で開く流れ:日本書紀の一書第二・第三

天宇受売命の子孫・猿女君と、天児屋命の子孫・中臣氏は、どちらも朝廷の祭りに仕えた氏族です。
それぞれの氏族が、自分たちの祖先の神様が活躍する形で、天岩戸の神話を伝えていたのかもしれません。

その他の文献

古語拾遺(こごしゅうい)
平安時代のはじめ(807年)にまとめられた古語拾遺は、天岩戸の場面をくわしく伝えています。
岩戸が開いて光が戻ったとき、神々は「あはれ(天が晴れた)」「あなおもしろ(みんなの顔が明るく白く照らされた)」「あなたのし(手を伸ばして舞う)」「あなさやけ(笹の葉が鳴る音)」「おけ(木の葉を振る音)」と喜び合った、と記しています。
今の「面白い」という言葉の由来を、古語拾遺は「光が戻って、みんなの顔(面)が白く照らされたこと」だと説明しているんです(古語拾遺の説明で、国語学的に確かめられた語源ではありません)。

古語拾遺はまた、宮中の鎮魂祭(ちんこんさい)の儀式は、天鈿女命の天岩戸での舞がもとになっている、とも伝えています。

天岩戸の伝承地

天岩戸がどこにあったのかには、たくさんの伝承があります。

  • 天岩戸神社(宮崎県高千穂町):岩戸川をはさんで西本宮と東本宮があり、天照大御神がこもったとされる洞窟を御神体としています。上流には、八百万の神々が相談したとされる天安河原があります【伝承】。
  • 天岩戸神社(奈良県橿原市):天香具山のふもとにあり、社殿を持たず、大きな岩を御神体としています【伝承】。
  • 元伊勢天岩戸神社(京都府福知山市):元伊勢三社の一つです【伝承】。
  • クマヤ洞窟(沖縄県伊平屋島):「最南端の天岩戸伝説」の地とされています【伝承】。
  • 戸隠神社(長野県長野市):天手力雄命が投げ飛ばした岩戸が落ちてできたのが戸隠山だと伝えられ、奥社に天手力雄命をお祀りしています【伝承】。

どの場所にも、それぞれの伝承があり、どれが本当の天岩戸かを決めることはできません。

古史古伝での扱い

古事記・日本書紀とは別系統の伝承として、「古史古伝」と呼ばれる文書群があります。
ホツマツタヱでは、天照大御神にあたる「アマテル」は男神として描かれているとされ、天岩戸の場面も記紀とは違う形で語られていると言われます。

いずれも成立や真偽をめぐって論争があり、偽書とする見方が有力なものです。
内容をくわしく確かめられる資料が見つからなかったため、ここでは紹介にとどめます。

解釈のポイント

① 天岩戸は「お祭り」の原型

長鳴鳥を鳴かせる、榊に鏡と玉を飾る、幣を捧げる、祝詞を唱える、神がかりになって舞う。
天岩戸の前で神々がしたことは、今の神社のお祭りの形とそっくりです。
天岩戸神話は、「神様をお迎えし、お慰めするお祭りは、こうして始まった」という、祭りの起源の物語として読まれてきました。

② 冬至と「太陽の復活」

太陽の光が弱まり、闇が深くなって、再び光が戻ってくる。
この流れは、一年でいちばん昼が短い冬至のころ、弱った太陽の力をよみがえらせようとした古代のお祭りを表しているのではないか、という見方があります。
宮中の鎮魂祭が、冬至に近い旧暦11月に行われてきたことも、この見方と重なります。

③ 日食の記憶?

天岩戸神話は、昔起きた日食の記憶がもとになっているのではないか、という説もよく語られます。
ただ、神話と特定の日食を結びつける確かな証拠はなく、一つの見方として楽しむのがよいでしょう。

まこも考察

ここからはまこもの考察です。

四つの伝えを並べてみて、僕がいちばん面白いと思ったのは、「岩戸を開いた決め手」がそれぞれ違うことです。

古事記では、神々の笑い。
日本書紀の本文では、天鈿女命の楽しそうな様子。
一書第三では、「これほど美しい言葉は聞いたことがない」という祝詞の美しさ。

笑い声と、美しい言葉。
どちらも、目には見えないけれど、たしかに人の心を動かすものです。
古神道でいう「言霊(ことだま)」、言葉や声に宿る力が、閉ざされた岩戸を開いたのだと思います。

そして、もう一つ心に残るのは、一書第二と第三の天照大神が、弟の乱暴を何度も「平らかな心で」許していたことです。
すぐに怒って閉じこもったのではなく、ずっと我慢して、許して、それでも限界が来てしまった。
そう読むと、天岩戸にこもった天照大神の姿が、とても身近なものに感じられます。

そんなとき、周りのみんなは、無理やり扉をこじ開けるのではなく、お祭りをして、笑って、心をこめた言葉をかけた。
閉じこもってしまった誰かに寄り添うときの、いちばんやさしいやり方が、1300年前の神話にもう書かれていたんですよね。

天岩戸神話が登場する作品・芸能

高千穂の夜神楽(宮崎県高千穂町)

作品ではありませんが、天岩戸神話を今に伝える芸能として、まず紹介したいのが「高千穂の夜神楽」です。
毎年11月の末から2月の初めにかけて、高千穂の各地の神楽宿で、三十三番の神楽が夜通し奉納されます。
そのルーツは、天照大御神が天岩戸に隠れたとき、天宇受売命が踊ったという神話にあるとされています。
昭和53年(1978年)に、国の重要無形民俗文化財に指定されました(文化遺産オンライン)。

映画『日本誕生』(1959年)

東宝が製作1000本を記念して作った超大作映画で、監督は稲垣浩、主演は三船敏郎です(映画.com、日本映画製作者連盟)。
ヤマトタケルの生涯を中心に、日本の国造り、天の岩戸、大蛇退治、草薙の剣などの神話の場面が、円谷英二の特撮で描かれています。
上映時間は181分。
神話の名場面を、昭和の大スターたちが演じた作品です。

ゲーム『大神』(2006年)

カプコンから発売されたゲームで、主人公は白い狼の姿をした「大神アマテラス」です。
太陽の神様・天照大御神をモチーフにしていて、ヤマタノオロチやスサノオ、サクヤ姫など、日本神話を思わせる登場人物がたくさん出てきます。
日本画のような絵柄でも知られ、のちに「絶景版」などとしても発売されています。

関連する神様・記事

  • 天照大御神:天岩戸にこもった日の神様。鏡の言葉や伊勢に鎮まるまでの旅も紹介
  • 須佐之男命:天岩戸のきっかけを作った弟神。追放されたあと、出雲で八岐大蛇を退治する
  • 造化三神:知恵の神・思金神の親、高御産巣日神を紹介
  • 猿田毘古神:天宇受売命と縁の深い神様
  • 天宇受売命(あめのうずめのみこと)・天児屋命(あめのこやねのみこと)・布刀玉命(ふとだまのみこと)・天手力男神(あめのたぢからおのかみ):天岩戸で活躍した神様たち

天岩戸から生まれた宝物については三種の神器の記事、神々の笑いを今に伝える神事については笑う神事の記事で紹介しています。

まとめ

  • 天岩戸神話は、須佐之男命の乱暴に心を痛めた天照大御神が岩屋にこもり、世界が闇に包まれた物語です。
  • 神々は、長鳴鳥・鏡と玉・幣・祝詞・舞という、今のお祭りの原型のような準備をして、天照大御神をお迎えしました。
  • 岩戸を開いた決め手は、古事記では神々の笑いと鏡、日本書紀の一書第三では祝詞の言葉の美しさでした。
  • 日本書紀の一書には、日前神宮の日矛、伊勢の鏡の小さな傷、爪や笠蓑のしきたりの起こりなど、古事記にない伝えが残っています。
  • 古語拾遺は、光が戻ったときの喜びの声を「あなおもしろ」と伝え、「面白い」の由来としています。

閉ざされた岩戸を開いたのは、力ではなく、笑い声と美しい言葉だった。
天岩戸神話は、今を生きる私たちにも、大切なことを教えてくれている気がします。

よくある質問(FAQ)

Q. 天照大御神は、なぜ天岩戸に隠れたのですか?
A. 弟の須佐之男命が、田を壊したり、神殿を汚したり、機織りの小屋に馬を投げ込んだりと乱暴を重ねたためです。古事記では機織りの女神が亡くなったことを恐れて、日本書紀の本文では天照大神自身が傷ついて怒り、こもってしまったとされています。

Q. 天岩戸を開いたのは誰ですか?
A. 最後に岩戸を引き開けたのは、力の強い天手力男神です。ただ、天照大御神が自分から岩戸を少し開けるきっかけを作ったのは、古事記では天宇受売命の踊りと神々の笑い、日本書紀の一書では天児屋命の祝詞でした。

Q. 天岩戸はどこにあるのですか?
A. 宮崎県高千穂町の天岩戸神社が有名ですが、奈良県、京都府、沖縄県など、全国にいくつもの伝承地があります。どれが本当の天岩戸かは決まっていません。

Q. 「面白い」の語源は、本当に天岩戸なのですか?
A. 平安時代の古語拾遺が、「光が戻ってみんなの顔(面)が白く照らされた」ことを「あなおもしろ」の由来として説明しています。ただし、これは古語拾遺の説明で、国語学的に確かめられた語源というわけではありません。

この記事は、古事記・日本書紀などの原典や、ネット上の資料を参考にまとめ、まこもが考察を加えたものです。考察の部分は「まこも考察」として書き分けています。

出典・参考文献

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